木の実落ち幽かに沼の笑ひけり 大串 章
地味だが、良質なメルヘンの一場面を思わせる。静寂な山中で木の実がひとつ沼に落下した。音にもならない幽かな音と極小の水輪。その様子が、日頃は気難しい沼がちらりと笑ったように見えたというのである。作者はここで完全に光景に溶け込んでいるのであり、沼の笑いはすなわち作者のかすかなる微笑でもある。大きな自然界の小さな出来事を、大きく人間に引き寄せてみせた佳句と言えよう。大串章流リリシズムのひとつの頂点を示す。大野林火門。『百鳥』(1991)所収。(清水哲男)
沼に落ちた木の実
そこに生まれる水輪、水紋の広がる
静かな早朝であろうか
作者はめざめた沼を笑ったように捉えたのだろう
作者の小さな笑顔も感じられる
(小林たけし)
【木の実】 このみ
◇「木の実」(きのみ) ◇「木の実落つ」 ◇「木の実降る」 ◇「木の実雨」 ◇「木の実拾ふ」 ◇「木の実独楽」
果樹を除く、秋に熟する木の実の総称。主に団栗、樫、椎、銀杏のような堅い実を言う。これらの実は熟して自然に地上に落ちる。
例句 作者
ひゆうひゆうと父の息して木の実降る 國分水府郎
かくれん坊隠れて淋し木の実落つ 嶋田摩耶子
木の実降る道漸くに細きかな 島田青峰
吹き降りの淵ながれ出る木の実かな 飯田蛇笏
木の実ふみ地のさびしさを蹠にす 那須乙郎
磔像や虚空に朴の実が焦げて 堀口星眠
強き日のあたる木の実を拾ひけり 小堀裕子
神宮の沓に木の実のはずみけり 唯野嘉代子
袂より木の実かなしきときも出づ 中村汀女
木の実降る道ゆつくりと晩年へ 小川匠太郎
坂それて六波羅密寺木の実降る 澁谷道
木の実降り裏戸にひびく金盥 桂信子
木の実降る家に蒟蒻くろく煮え 桂信子
百年は童話の寸時木の実降る 山田諒子
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