一昨日はM神宮の初釜へ。受け付けにはじめてお目にかかる先生とS先生がいらした。はじめお目にかかる先生が僕に新年度の会員証をくださり「ここに名前を書いて」とおっしゃった。「ちょっと僕、手が震えるんですよ」と言って僕はすこしためらった。するとS先生が「私が書こうか」とおっしゃった。僕はありがたき幸せと「お願いします」と言った。
先生はサインペンをとって所定の位置に名前を書き始めた。さすが達筆と僕は思った。「したの名前はなんやったっけ」と先生が言った。「上杉謙信の謙です」と僕は言った。「そう。漢字一文字の名前なんやね」とS先生は言った。「そうです」と僕は言った。「次回は私が当番やからね」とS先生は言った。「はい」と僕は言った。
最初は大茶盛り。相撲取りが優勝したときにお酒を飲む杯のようにおおきなお茶碗をみんなで回してお茶をいただいた。「最後まで飲まな」と傍らにいらした方が言った。「いいえ、バランスを崩す前にやめておきます」と僕は言った。本当に最後まで飲もうと茶碗に角度をつけすぎてバランスを崩しては大変と僕は思った。残したのは申し訳なかったけれど。
それから待ち会いに行くと呉服屋さんと茶道具屋さんがいた。あけましておめでとうございます。と呉服屋さんにちょっと話しかけようとすると何となく呉服屋さんはいつものまったりした雰囲気とは違う。要するに今日はより多くの人と新年のあいさつを交わしたいやなと思った。「なんしか、今年もよろしくお願いします」と僕がいうと、「なんしか」と呉服屋さんはすこし笑って言った。
しばらくすると雰囲気が落ち着いてきて呉服屋さんは僕に話しかけてこられた。「今日は次、お濃茶ですよ」と呉服屋さんがすこし神妙な顔で二三回言ったので、要するにお濃茶は回しのみだから粗相がないように気を付けてという意味と思った。
茶室に入ると主客の方が「お濃茶はいいですけど、みんなよごしてしまうから」と言った。要するに粗相がないようにと言うことなんだと僕は呉服屋さんの神妙な顔を思い出した。
主菓子が僕の右隣の女性のところでなくなってしまった。まあないならないでいいやと僕は思ってそのまま黙っていた。お菓子がなくてもお茶は飲めると。しばらくすると他の女性が僕と僕の左隣の女性に主菓子が回っていないことに気づいた。
「お菓子が回ってない」とその女性は言った。それである方が主菓子の入っていた菓子器の蓋をとると菓子器のへりの内側に主菓子が二つ残っていた。僕の分と僕の左隣の方の分。僕のところからは菓子器のへりで死角になっていたけれど右隣の女性がしっかりなかを見ていれば取り残しはなかったはずという状況だった。
右隣の女性はしまったというような表情をしておられた。もし僕が女だったらお菓子が自分に回ってこない時点でなんか言っただろうけれど、僕というかもっと一般的に男はそういう気遣いに心が回らないことが多い。右隣の女性には申し訳ないことをしたと思った。
僕は粗相がないようにともうお濃茶はほんのすこし口をつける程度で、念入りに茶碗をふいて左隣の女性に回した。しかし、お濃茶は気持ち口をつける程度でもとてもおいしい。
右隣の女性は菓子器の蓋を見ているうちに今度は蓋をひっくり返してしたに落としてしまった。本当に失敗に失敗が重なるときがあるもんだなと思う。たぶん主菓子のことでしまったと思っているうちにぼんやりして手元がお留守になってしまったような気がする。
いろんなことがあるもんだなと思う。僕もまったくお茶の作法を知らないのでお茶会にいくことそのものが恥をかきにいっているようなものだ。お互いにうまくいったことそしてそうでなかったことが時とともにいい思い出になればいいなと思う。今年もよい年でありますように。