硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

恋物語 75

2021-07-18 20:12:56 | 日記
「あすかちゃんは、もう走らないの? 」

突然の質問にピザが詰まりそうになって、慌てて冷めたコーヒーで飲み込む。
私の頭の中から抜け落ちていた陸上というワード。
どう答えていいのか分からない。

「う~ん・・・・・・。多分、ないかな。」

「絶対に、もったいないよ。」

「もったいない? 」

「うん。もったいない。」

「なんで? 」

「だって、私がこの高校を選んだのはあすかちゃんがいたから。あすかちゃんが走っていたからだよ。」

「えええっ! そんな話初めてじゃん。」

私が驚いていると、ソフィアは、もじもじしながら、その理由を話し出した。

「あすかちゃん。覚えてる。2018年の夏の駒田陸上競技場。準決勝。」

もちろん覚えてる。陸上選手として一番輝いてた時間だから。

雨上がりの駒田陸上競技場。地方大会の準決勝。
真っ青な空に大きな虹がかかっていた。強めの追い風。日差しはきついのに風のおかげで爽やかだった。ウォーミングアップの時から、身体がいつもより軽く感じていて、少し気になっていたスパイクピンを思い切って変更。スタブロの角度も一つ上げた。
こんなことしたら遅くなる確率の方が高い。それでも、その時は、凄く自信があった。
競技場に準決勝のアナウンスが流れ、スタートボジションまでゆっくり歩いてゆく。5コースの前に立って、ぼんやりしていると、いつの間にか私の名前が呼ばれてた。
慌てて右手を上げ、スタンドに向かって軽くお辞儀する。いつもなら、この時点ですごくドキドキしてるけど、その日は凄く集中していて、鼓動も部活の時みたいだった。
準決勝出場者の紹介が終わると、スタート位置につき、渇きかけている高速タータンに手を添え、スタブロに足を掛ける。後ろ足に負荷がかかって違和感があったけど、これで大丈夫と思った。