確か1998年だったか...
丁度年末のこの時期、街にクリスマスソングが流れる頃...
私は以前勤めていた会社で大阪ミナミの繁華街“戎橋商店街”にある(あった)時計専門店に勤務していました。
店は3階建てで、1階がファッションウォッチと置き掛け時計、2階が国産腕時計、3階が海外ブランド腕時計売り場になっていて、私は3階にいました。
私は夕方ちょっと手が空いたので、店の通用階段から1階へ降りて外の自動販売機で缶ジュースを買って店の外で飲んでいました。
その日は雨降りでした。
すると、突然店の正面入り口からスーツ姿の中年のサラリーマンが飛び出してきて、商店街の雑踏の中に走り去って行きました。
間髪入れず1階の従業員男性2人がそのサラリーマンを追いかけます。
万引き!?
慌てて缶ジュースを放り出し、私も後を追いかけます。
暫く商店街を走ると数十メートル先から両腕を従業員に抱えられたサラリーマンが戻ってくるのが見えました。
とりあえず店1階の搬入口(バックヤード)へ連れて行き、捕まえた従業員の1人のKさん(仮に菊地さんと呼びます)は「警察へ連絡してくる」と言って店内に。
私とMさん(仮に松岡さんと呼びます)が搬入口に残ることになりました。
まだ追いかけた直後だったので、息の荒い松岡さんはサラリーマンに「おっちゃん、逃げたらアカンわ。逃げたら警察に連絡せなあかんし」とハアハア肩で息をしながら言います。
そのサラリーマンは見た感じ40代後半から50半ば位の年齢で、3ピースのスーツにトレンチコート、手には大きな紙袋と黒いセカンドバッグを持っていました。
スーツもみすぼらしいものではなく、大手の会社の部長のようないでたち。
「かんにんして!かんにんして!」とサラリーマンもハアハア言いながら懇願します。
どうやら2階の国産腕時計コーナーで、ガラスケースの上に陳列していた1~2万の腕時計を紙袋に入れて出ようとしていたようで、2階の階段と1階の階段にそれぞれ設置している防犯ゲートに反応したらしい。
松岡さんは「逃げへんかったら見逃したかもしれへんけど、店の外へ走って出たからなぁ」と言いながらポケットからタバコを取り出して一服しました。
サラリーマンは「警察だけは勘弁してください!」と言いながら、黒いセカンドバッグをたぐり寄せ、中をゴソゴソしました。
「かんにんして、かんにんして...」
私は、この人もタバコ吸うのかな、と思っていると、サラリーマンは15cmほどの木の棒をバッグから出してきました。
何!?と思った瞬間、その棒からパカッと銀色に光る物を引き出したのです。
<折りたたみナイフ>
え!?
私は「ナイフ出した!」と大声で叫びました。
サラリーマンは松岡さんの方へ向かって突進していきました。
松岡さんは後退しながら地下へ通ずる階段を降りていきました。
店の地下には喫茶店があり、バックヤードの地下は厨房になっています。
途中まで追いかけたサラリーマンは松岡さんを追いかけるのをやめ、クルリとこちらに向き直りました。
そして刃渡り15cmほどのナイフをビュンビュン振り回して近づいてきました。
サラリーマンの目は完全に瞳孔が開いていて、焦点が定まっていません。
目の前数十センチ先をナイフが行ったり来たりします。
「わあぁあぁあぁ~~~!」と後ずさりして外に繋がる搬入口のドアに背中が当たりました。
腰が抜けるというのはこのことか。
体が言うことをききません。
搬入口の鉄製のドアには2箇所のカギが付いています。45度に捻るとガチャンと開くタイプ。
後ろ手でカギをまさぐりますが、ドアにもたれかかっている状態なのでなかなかカギが回らない。
サラリーマンとの距離がどんどん縮まります。
これは刺される! と思った瞬間、ガチャンとカギが開いて私は後ろへ倒れるように店の外へ出ました。
するとサラリーマンはまたクルリと反対を向き、再び松岡さんの方へ向かいました。
私は心の中で「松岡さん...ごめん」と言いながら搬入口のドアを閉めました。
暫くの間(10秒か15秒だったと思う)ドアを外から押えていたが、ふと我に返り「松岡さんはどうなった!?」と恐る恐るドアを開けると、ちょうどサラリーマンがバックヤードから店内に通ずるドアを開け、店内へ向かうところでした。
手にはまだナイフを握り締めています。
私は慌てて店の外を回って店の正面入り口へ行きました。
店内では先ほど警察へ連絡しに行った菊地さんとサラリーマンがもみ合っていました。
菊地さんは「おっちゃん、出てきたらアカンがな~。もうすぐ警察来るから~」とのんきに話しかけています。
「菊地さん!そのおっさん、ナイフ持ってる!」と叫ぶと、菊地さんは「え?何?」とサラリーマンから離れます。
すると床に血の跡が!
サラリーマンは無言で店内を横切り、店の出入り口の方へ...
私のいる方へ向かって来るではありませんか!
サラリーマンは再び私を追いかけてきました。
私は走って御堂筋の方へ行きました。正面に新歌舞伎座が見えます。
私は御堂筋を南(なんば高島屋方面)へ曲がります。
するとサラリーマンは御堂筋の地下鉄へ降りる階段を駆け下りて行きました。
その後、警察官の吹く警笛が「ピー!ピー!」と複数聞こえ、警察官が数名階段を降りて追いかけていきます。
警察官の姿を見た私は心強くなったのか、その後を追って階段を降りました。
地下のコンコースは帰宅時間も重なってかなりの混雑です。
床には血の跡が点々と付いていました。
数メートル先で警笛がピーピー鳴っています。
どうやらサラリーマンは御堂筋の反対側へ上がって、歌舞伎座の裏手へ逃げ込んだようです。
外は雨足が強くなっていて、血痕は見当たりません。
そこで私はハッと思い出しました。
「松岡さん!」
ひょっとしてこの血は松岡さんのものではないのか!?
亡くなっていたらどうしよう!
慌てて店に戻りました。
するとすでに救急車が来ていたようで、松岡さんは緊急搬送されていました。
もうだめなのか...
無傷だった菊地さんに松岡さんの容態を聞くと床の血をモップで拭きながら
「あぁ、松岡君は指をちょっと切ったらしいよ~」と相変わらずのんきな返事。
良かった。命に別状はなかったようだ。
数時間後病院から帰ってきた松岡さんに話を聞くと「ヨッシー(私)...ごめん」と思いながら地下へ向かう階段を降りていったそうな。
階段を降りる前、サラリーマンのナイフが松岡さんの指をかすめたらしい。
更に詳しい状況が解り、どうやら店や地下のコンコースに残っていた血痕はサラリーマンが自ら自分の腕を切った血だったようだ。
それから年末までの数日間、逃げたサラリーマンの行方はまだ解っておらず、店長代行のSさん(仮に坂野さんと呼びます)から「帰りにあのオッサンに待ち伏せされてるんとちゃいますか~(笑)」などと冷やかされましたが、正直ビクビクものでした。
年が明け、春の日差しが強くなってそろそろ夏服になろうかとしていた頃、店に一本の電話が掛かってきました。
「山口県警の者ですが、うちの所轄内のスーパーで万引き犯を捕まえたのですが、取調べ中に余罪を追及したところ、去年の年末に大阪の繁華街の時計店で万引きをして、従業員にケガをさせたと自白しているんですが、そちらで間違いないでしょうか?」
!?
なんとサラリーマンは山口県まで逃げていたらしい。
スーパーで巻き寿司を万引きして捕まったそうな。
犯人に告ぐ
逃げたらいかんよ!逃げたら!(松岡談)
長い文章、最後まで読んでいただいてありがとうございました。細部にわたり全て実話です。
腕時計修理専門店トゥールビヨン店主。
ちなみに登場人物の名前も全て実名です。(笑)
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