晴れたら野山に出かけよう!

おいしい空気をいっぱい吸って 愛しい花や小鳥に会いに出かけよう

猛烈な酷暑の日々

2018-07-24 05:33:51 | 思うこと

この猛暑はいつになったらおさまるのだろうか?  すっかり体力が消耗してしまった。 朝から体がふらふらして足元がおぼつかない。すでに熱中症になりかけているのだろう。 栄養をしっかり摂って怠け者で過ごすことだ。 

7月24日ごろといえば 例年やっと梅雨が明ける時期だ。 ところが 今年は関東では7月初めに梅雨開けした。そのあと 西日本の集中豪雨による土砂災害で家屋や100人を超える人が土石流に飲まれた。 ここ近畿でも9日には梅雨が明けて 猛暑となって2週間 連日警報 特別警報が出され 最高気温が35度を超える日が続いて10日になる。 熱中症による死亡者が相次ぐ。私も毎日ぐったりの日々で あの太陽のぎらつく戸外へはとても出る気はしない。 原因は 高気圧の重なりなどと言われたが 今 アメリカ、韓国、シベリアなどでも同じような高温が報告されている。 今後 夏といえばこんな日々が続くのだろうか? エアコンを使うように促されるが これがまた地球の温暖化を加速させる。 こんな日が来ることを以前から予測されていた。2016年9月4日の「NHKスペシャルMEGA CRISIS」 で「将来 東京で43度になる」 という番組があった。  昨日は 熊谷市で41.1度を記録。  まだ先のことだと思っていたのに。 地球規模の異常気象に 人間の知恵が太刀打ちできるのだろうか? 

 

過去のこのblogを見直すと 2015年7月14日 に 同じようなことを書いている。 「2050年夏には 東京で最高気温40℃を記録し」と警告していたのに 早くもその温度を突破してしまったのだ。 あの時 「40度という気温がどれほどのものか」と恐れた。今その気温が実際に観測されるようになった。 どうなっていくんだろう、、、  


1/10 やさしさ

2018-01-10 08:03:56 | 思うこと

寒い日が続く。朝目が覚めるとあられが屋根を白くしていた。この地に来た頃はもっと寒かったが いつしかあまり積雪も無くなり、それに慣れて 雪がちらつくような日は体にこたえる。一人で過ごす冬はなお寒い。

夜が更けて「もう寝よか」と2階へ上がると 一足先に夫は2階に上がって石油ストーブをつけてくれていて ストーブの前には私のパジャマが置かれている。パジャマはホカホカに温められており 布団には石油ストーブの温風を吹きこんでくれている。 人間にはもちろん、あらゆる動物から庭の草木にまで 優しい気遣いに満ちた夫だった。 ちなみに私は夫のパジャマを温めたことはなかった。 今 冷たい寝床に入ってあの暖かかったパジャマを思い出す。 そんなことを考えてなかなか寝付けない。 夫がいなくなって1年1ヵ月が過ぎた。

 庭のロウバイの蕾が大きく膨らんでいる。 春が待ち遠しい。 

 


孫から見た 「死ぬということ」

2017-11-14 13:02:02 | 思うこと

小1の孫がとらえている「死ぬ」ということ。 母親が「おじいちゃん死んじゃってもう会えなくなったね」 と言うと 「おじいちゃんは骨になってしまったけれど お婆ちゃんのところにちゃんとおるやん」 と言ったそうだ。 私がいつも過ごすリビングには 少し微笑んだような優しい顔をしてこちらを向いている、生前そのままのような写真だ。その前には小さな桐箱の中の小さな骨壺にわずかな骨が収められている。 元気な姿ではないけれど いつもそばにいてくれているような気がする。 一日中 その写真に声を掛けながら過ごしている。孫は 姿は見えなくても「おじいちゃんがちゃんといてる」と感じてくれているのだ。 そう話す息子に感激して報告してくれるママに感謝。 いずれ 私も,ママ方のおじいさんも, おばあさんも死んでゆく。それでも 「ちゃんといてる」と感じてくれているって とてもうれしい感性ですね。 


手紙(メール)「今日はお線香のお供えをいただき恐縮です」

2017-07-28 01:56:51 | 思うこと

初盆ということで お線香をお供えしてくださったHさん(最近知り合いになった高校の後輩になるHさん)へ

何かとお心遣いいただき いつもありがとうございます。
Hさんが居てくださることが 寂しかった日々に新しく楽しい世界を広げていただくことになりました。
パソコンクラブしかり 絵手紙教室しかりです。
どちらの世界も Hさんがいてくださるから 楽しみな世界になりました。
 
実は 私は夫を忍ぶことを 無宗教で 私の心の中でしているのです。
若いころ キリスト教の中で生きていましたが
いろんな事情から 「クリスチャン」とは程遠い生活になりました。
と言って、仏教を信仰することもなく お葬式は無宗教で行い
そのあと 夫は長男だったので家にあった仏壇も 弟に預けました。
もちろん夫を仏壇にまつるつもりはなく リビングに小さな机を置き、写真やお花を飾るだけで 
戒名、位牌といったものもありませんが 毎日夫と対話しながら 過ごしております。 
これは 生前の夫の考えから推しても「よいだろう」と信じてのことです。
毎日お線香を焚く習慣はありませんが 時たま 香りのいい線香に火をつけて 夫に「香り」のプレゼントをしています。
早速 いただいたお線香の「香り」を 捧げました。 とてもさわやかな香りです。 
夫も この香りを喜んでいることと 御礼申し上げます。 恐縮ではありますが ありがとうございます。
 
平均的な日本人の「供養」の仕方から ちょっと外れていますが それが夫を忍ぶ私の形です。
形式的な仏壇よりも お墓よりも 私の傍で見守ってくれそうな そして私も夫と共に生きているような気がするからです。
 
ご主人様のご健康、きっと取り戻されてお元気になられると信じていますが 日々を大切にお過ごしくださいね。
 
私は 毎日暇を持て余していますので いつでもお越しください。 
お忙しいでしょうが よければパソコンの勉強会でもしましょう。 
 
今後ともよろしくお願いいたします。

梅雨明け

2017-07-20 06:57:08 | 思うこと

北海道と東北以外で 梅雨明けしたそうだ。当地では 梅雨らしい時期は少なかった。 梅雨の最中というのに雨量は極めて少なかったように思う。この夏 水不足にならなければいいが 関東地方ではもう取水制限が行わてれいるようだ。 あれだけ各地に災害をもたらした集中豪雨も「線状降水帯」とかで 偏った場所での降水になったようだ。

梅雨明け前から猛暑日が続き エアコン頼りだが 日本中でエアコンを使い 自動車でガソリンをまき散らしては温暖化に拍車がかかる。 北極の氷が溶けて、今まで氷に閉じ込められていた(温室効果が二酸化炭素の20倍以上という)メタンガスが盛んに空中に放出されている。夏の気温は40度になる日も近い様だ。 世界中で温暖化防止に取り組んでほしい。 夏 エアコンをつけず 車の窓を開け放して走っているのは 私の車ぐらいですね。 


7/10 ・・・・・

2017-07-10 04:57:51 | 思うこと

また10日がやってきた。 一人生活になってから7か月です。 この7か月の間に 私は何をしてきたのだろうか?  貴方の遺したものはほとんどまだそのままになっています。 大量の仕事の記録と仕事をするための道具・部材、 趣味だった絵画の道具 几帳面に整理していたいろんな記録 衣類 ・・・・どれも思い出につながるもので 処分できないものが多い。

私は ほとんどなんにもしない毎日を7か月も過ごしてきました。 いつまでこんな生活を続けるのでしょうか?  必死で続けた看護・介護の日々は 何か遠い日のことのようにも思いますが 1年間欠かさず綴ったblogを読み返すと涙が込み上げます。  気管切開のため 何も飲めず、食べれず 話すこともできず  ずんずん体力が落ちて動く力も無くなり  辛かっただろうなぁ。  多くの方々のお世話になりました。 子供たちもよくしてくれました。「誰でもいつか通らなければならない道なのだ」 と思ってもなかなかこの深い悲しみから抜け出ることが出来ません。 果物の好きだったあなたに桃の季節が来ましたよ。甘い桃、一緒に食べたいね。

 


山野草の盗掘 あとを絶たず

2017-07-09 16:39:12 | 思うこと

花仲間からもらったメールの中に 「クモキリソウが盗掘された」とあった。 エェ! 今年新たに発見されたクモキリソウ。 クモキリソウはよく 盗掘に会う。以前には ダイトレに 群落もあったのに大群落は マウンテンバイクが山の上まで上がってきて 群落地の上を乗り回し すっかり絶えてしまった。岩湧山近くの尾根にも5.6株のクモキリソウが見つかり 花を愛する人たちの楽しみな植物だったのに いつの間にか影も形もなくなっている。 なぜか「クモキリソウ」は無くなることが多い。 そんな中で 今年 麓で 見事なクモキリソウが10数株咲いているのがみつかり 教えてもらって見に行った。久しぶりにきれいな「クモキリソウ」に出会えてとてもうれしかったのに 今また影も形も無くなってしまっているのだ。 この花も絶滅危惧種の植物なのだ。 園芸愛好家の仕業か、業者の仕業か、、、、、 とても悔しい。

今は ホームページや ブログで 山に咲く希少な、美しい花が紹介されるが いつの間にか心無い人に情報が洩れて無くなることも多い。どうか 野山に咲く花は野山で鑑賞して いつまでもその地で咲くように保護してほしい。決して庭に植えても 環境が違うのでうまく成長しないことのほうが多いし なんといっても山で見るから風情があり美しいのだ。  みんなで 山の花を守ろう。

ラン科 クモキリソウ属 「クモキリソウ」

 

 


災害列島-福岡、大分の大雨による大災害

2017-07-06 05:06:17 | 思うこと

またも大きな災害が発生した。 

先日 大分県で震度5強の地震が起こり 続いて北海道で同じように震度5強の地震が起こった。震度5というと相当な強さだ。 淡路阪神大震災の時 我が家では震度4だったが 観音開きの食器棚から食器がたくさん床に落ちて怖い思いをした。 神戸などは震度7だった。 東日本大震災(震度7)はいうに及ばず いまだに東北地方で余震が続いており それらの地の人はどれだけ恐ろしい思いをされていることだろう。 東日本大震災と同じ年の秋 紀伊半島で大雨による大災害が起こった。各地で山が地滑りのように崩れ 大きな災害になった。 昨年は熊本地震が起こり甚大な被害に見舞われた。今回また大雨による大災害が起きている。 福岡県 大分県で 河川の泥水が住宅 畑を呑み込んで渦巻いて流れていく。 東北地震の時の恐ろしさがよみがえる。災害列島。外国で起こった災害の多くは すぐに忘れてしまうが 地球規模で災害が多発している。 何十年に一度、百年に一度 という災害が連発だ。 地球温暖化も原因の一つかもしれない。 幸い当地は災害の少ない地と言われているが みんなで温暖化防止を心掛けねばならないのに アメリカのパリ協定からの離脱はひどい。 「アメリカファースト」「都民ファースト」など 強いものが わが身だけの利益を優先するのは非人道的だ。 互いを思いやる心がなければ地球の幸せはない。

 


在宅医療の暖かさに感謝

2017-05-24 11:36:47 | 思うこと

今日は朝から夫がお世話になった訪問看護師さんがお忙しい中 私が「元気に過ごしているか?」と訪ねて来てくれました。本当に暖かく夫の看護、介護をしてくださり 私の健康をも気遣ってくださった看護師さんです。 夫の写真に線香を手向けて、私を励ましてくださって帰られました。 いつまでも気にかけてくださり 夫も喜んでいることでしょう。 

ちょうど1年前,昨年の5月23日 5か月の入院生活にピリオドを打って 自宅に帰ってきました。 我が家には在宅で看護・介護できる人は私一人だったのですが 病院で日々を過ごすことにやりきれなくて 主治医がいぶかしがるのをあえて自宅で過ごす道を選びました。 気管切開をしていましたので 食べることも 話すことも 動くこともできない状態でしたが 在宅医、週に2日の訪問看護師、週に2日のホームヘルパー、訪問入浴 週1回の嚥下のリハビリ療法士さん等々の手厚い看護で 自宅で半年過ごすことが出来ました。 私が夫の傍から片時も離れることなく介護を続けました。春に生まれてくる孫を見せたくて ひたすらよくなることを信じて 冬を乗り切るつもりでしたが 冬浅い日 力尽きて帰らぬ人となりました。 夜遅かったのに 看護師さんが駆けつけてくれ 子供、孫たちに囲まれてみんなに旅支度をしてもらい 私を置いてきぼりにして旅立ってしまいました。 

病院にいた時は 発熱を繰り返し心配の日々でしたが 家で過ごした半年は本当に穏やかに過ごすことが出来ました。 私が毎日の記録をblogにしていたので 在宅医はそれを見て夫の状況を把握して対処して下さいました。 いつも体をきれいに保ち ベッドの傍に浴槽を持ってきてくれて 週一回の入浴はとても楽しみなひと時だったと思います。髪が伸びれば理容師さんが来て散髪もしてくださり みんなの善意がどれだけ私を力づけてくれたことか。

夫が居なくなってからの私は生きる目的も失い、涙にくれる日々で、こんなことをしていては夫も不本意だろうと自分を叱咤する毎日ですが なかなか前が見えません。 春からパソコンクラブに入れてもらいました。 新しい友、新しい学びを得て 楽しみを見つけていきたいと思っています。 

在宅医療 在宅介護の暖かさを思い、感謝するばかりです。


5/10 思い出の花々

2017-05-10 05:34:49 | 思うこと

年を取ってから 「飛ぶように日が経つ」と感じていましたが 貴方のいなくなってからはなかなか前へ進みません。やっと5か月経ちました。

貴方も庭の草花の成長を楽しみにしていましたね。私が庭に出ると 決まって後を追うように出てきて一つ一つ丁寧に見つめていました。 貴方が好きだったのは 春先に咲くニリンソウ イカリソウ。 富良野の丘のてっぺんに咲くシャクヤクの種が10年かかって蕾をつけましたね。今年もたくさん蕾をつけていますよ。 大峰で見つけたヤマシャクヤクの種はどんどん増えて いろんなところにお嫁に行きました。 道路工事でつぶされる近くの谷から救出したエビネは 我が家の庭でぐんぐん増えて今年もきれいに咲きました。 貴方が古民家のおじいさんからもらったフウランの開花は7月。だいぶん先ですね。絵画クラブの公民館でもらってきたクリンソウは何故か今年は芽を出しません。枯らしてしまったようです。ごめんなさいね。 あれもこれも思い出多いお花で庭はいっぱいです。

花を追いかけて本当にいろんなところへ行きましたね。 北海道 東北地方 北陸 信州 北アルプス 八ヶ岳 立山方面は 我が家の庭のようでしたね。 いつまでも続くと思っていたそんな日々に終わりがきてしまいました。 私は相変わらず毎朝庭に飛び出して 隅から隅まで花の成長を見て回っています。あなたも見てくれていますか? 

 

5/23追記

富良野でもらってきたシャクヤクの種から育てて13年目 今年もきれいに咲きましたよ。一重のシンプルな花が好きです。

 


ネットで見た写真の詳細情報を知る

2017-03-27 14:33:10 | 思うこと

私は パソコンを独学状態で学んだので 詳しいことはほとんど知りませんが 使っている時間はかなり長いと思います。いろんな失敗や経験をするうちに身についた知識で PCを使っています。そんな知恵の一つですが

ネットの誰かのblogで見た写真などで これはいつ写したものだろうか?と思うときがあります。お花の写真も 「これはいつ写したんだろう?」と思い プロパティーを調べると 「canonの○○のカメラで ○月○日 ○時○分に写したのだ」と分かります。私のblogの佐渡の写真は 2008年と2009年に出かけた時のものです。 例えば「オオミスミソウ」が咲くのはいつかな?と思ったとき その写真を自分のPCのデスクトップなどにコピーして コピーした写真の上で右クリックすると その写真のプロパティーを見ることができます。その中の「カメラのプロパティー」の詳細を見るとそのデータが表示されています。 ああ 2008年5月9日 13:10にこのようなシャッタースピードで 露出は・・・・とすべてが表示されています。最も私は コンデジで露出補正するぐらいで ほぼオート状態で写していますので こんな風に表示されても恥ずかしいのですが。 このカタクリの群落はいつの写真かな? と調べると ああ2009年4月29日だな とわかります。 

ところが ネットにアップされている写真で カメラのプロパティーが表示されない写真もたくさんありますね。 「プロパティーがありません」 と表示されるのです。それどころか コピーさえできない写真もありますね。これらは 何が違うのかな? と思っています。パソコンのOSの違いか、それともスマホとか タブレットとかでUPするとこのようになるのかな?  PCしか使っていない私はわからないのですが。

ともあれ 見せていただいた写真のプロパティーは勉強にもなりますね。 そして来年はこのころ行ってみようとか プランを作る参考にもなります。

 追: 写真の情報、Exifを消去できることを教えていただきました。 ネットで調べて簡単に消去できることがわかりました。なるほど。 まあ 私の場合は情報も大した意味がないので そのままにしておきましょう。


3/1(火) 自分を褒めてあげよう

2017-03-01 08:01:22 | 思うこと

これまで どこか自分は劣等感が強い。 いろんなことで劣等感にさいなまされる。それをなんとか打ち消そうとする自分がもがいている。

昨日 32年間経営してきた自営業の幕をほぼおろすことができた。 夫は50歳になって脱サラ、自営業としての仕事を私と二人でしてきた。会社を設立するときも あれこれ勉強して 司法書士などの世話にならず苦労して立ち上げた。 お金がなかったから 少しでも無駄な経費を使いたくなかったのだ。 それ以来 私は経理担当で税務処理をこなしてきた。 普通高校を卒業した私は 経理や簿記と言ったものは全く知らなかったので NHK学園の通信教育を使って勉強し 何とか簿記の意味が分かり 最初の10年ぐらいは税理士さんに世話になったが あとは税務署に教えてもらいながら毎年決算書を提出してきた。1年間の出納を1円の違いもなく会計処理をして青色申告書を作成するのは苦労の連続だった。 そして 昨年夫が倒れてからは後継ぎのいない会社を早くきちんと閉鎖したいと法務局へ足を運んだ。それまでにも 何度も会社を閉鎖する手続きの仕方を調べて来ていたが 会社の経営状態は 返済することができないほどの多額の借入金があったので その処理をどうしたものか?  もう抜きさしならなくなって 夫の生存中になんとかかたをつけておきたかった。

夫がなくなり いつまでもそのままにしておけないので 何度も税務署を訪ね 親切に指導していただき昨日やっと 「清算確定申告」を済ますことができた。 税務署の方は 「長年にわたってよくこれだけのことを一人でやってきましたね。すごいことですよ。」と褒めてくださったら涙が込み上げてきた。 そうだよね、、、 本当によくやってこれたよね。 私以上に頑張り続けた夫が 私を見て微笑んでくれている。 

他人から褒められたことといえば 夫と最後の1年間 退院後の半年間は一時も離れずに看護、介護を続けた。辛いとも苦労だとも思わなかった。気管切開をしていたので 何も話せず 食べれず 動けない夫が どうしたら少しでも楽に過ごせるかとだけ考えて過ごした。 多くの方から「よくやるねぇ」とほめていただいた。褒めてもらうようなことではないが 自分に出来るだけのことはやった という思いはある。 

あと 法務局に最後の手続きに行かねばならないが 形式にのっとった書類を作成して提出するだけですべてが完了する。 もう一息。

昨日、税務署の職員の方に褒めていただいたことを胸に あまり卑下ばかりしないで 胸を張ってこれからの日々を過ごそう。


1/30(月) パソコンが戻ってきました。

2017-01-30 08:01:59 | 思うこと

暖かい朝です。 春が近づいているのかな?

あまりに早くパソコンが戻ってきたのでびっくり。 うれしくて電話を受けるなり取りに行きました。 アダプターの不具合と モニター画面の色抜けとちらつきがあったのですが どちらも改善されたようです。 購入は2013年でメーカー保証は終わっていますが量販店の5年保証があったので お店の修理センターで修理して 早く戻ってきたようです。 これで快調になればいいのですが、・・・・・

夫がなくなって49日。「無宗教で」といきんでみたものの それでよかったのかと悩むことが多々あります。 「49日法要」と強いられるものはないので 自分で意識して夫を思い お世話になった方々にご挨拶をすることにしました。 仏教 キリスト教 神道 とそれぞれ追悼の仕方は違い 「この方法でなければ幸せになれない」ということはないだろうと思おうとしています。 それでも どこか身近な仏教のしきたりが頭にあり 今度は100日目という日を 追悼の区切りの日にしようと思います。他には 月命日と言われる毎月10日 祥月命日と言われる12月10日 という日は 特に夫を追悼し 対話する日にしようと思っています。 

子供たちよ、(読んでくれているかな?) あなたたちも区切りの日には それぞれの心の中でお父さんのことを思い この家に戻ってきて一緒に対話する日にしてくださいね。 今後 夫のことはもうこのblogには書かないでおこうと思います。 

本来の「晴れたら野山に出かけよう」をテーマに 楽しいことを見つけて書きたいと思います。 

 

 

 


中原中也の悲しみ

2017-01-19 07:55:21 | 思うこと

中原中也生誕110年ということで 最近NHKではいろんな形で立て続けに中原中也を放送している。 文学の「ぶ」の字も知らないわたしが 中原中也のことを書くのは あまりにも軽々しくみっともないことだと思いながらも 何度も見るうちにずんずん引き込まれていく。

文学書を深く読み込んだことはほとんどない私には 難しい詩に心動かされたこともない。学校で習った有名な詩のきれっぱしが 少し頭に残っている程度だ。 宮沢賢治、北原白秋、島村藤村 太宰治・・・・・・ 

「汚れちまった悲しみに」というフレーズは すぐに頭の中に残るが それがどれほどの意味を持っているか考えたこともなかったが 今回 テレビで次々と「中原中也」を放送するのを見て 人間の悲しみの奥深さが痛いほど伝わってくる。ものを見つめる豊かな心が伝わってくる。

夫が居なくなり あの心の寛大さが改めて私の心に突き刺さり それを引き抜かれた悲しみともどかしさに これからどうして一人で生きていったらいいのか なかなか入り口は見えない。 この悲しみを どう生きる力に変えていけばいいのか、、、、  何も考えずに あの深い愛を当たり前のように凡々と生きていたころが懐かしくもあり、我に恥ずかしくもあり。 まだなくなって40日でしかないがなんと心細い日々であることか。日々が通り過ぎていくが悲しみは癒えない。 暖かくなれば 心もゆるむだろうか?