FPと文学・エッセイ 〜是れ日々なり〜

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『ヴェニスの商人』 ~ クスリにならないリスクの話 

2009-01-16 01:46:30 | 文学・絵画・芸術

ヴェニスの商人たちのリスク感覚

 「いや、決してそうではない ―― ぼくは運がよかったのだ ―― ぼくの投資は、なにもひとつの船にかかっているわけではない。取引先も一箇所だけではない。それに全財産が今年の商いの運不運に左右されるわけでもない。だから、船荷のことで気をくさらせはしないよ。」(第1幕 第1場 福田恒存訳 新潮文庫)

投資のリスクの話になると、この『ヴェニスの商人』(シェイクスピア・作)の台詞がよく引用されます。リスクの概念は相当古く、『リスク』(バーンスタイン・著)では西暦1200年頃から書かれています。『ヴェニスの商人』は、ヨーロッパ中世の頃、海洋貿易船に商人が投資していることを物語っています。簿記の方式ができたのもこの頃だと言われています。一航海を一会計期間として収支を記録し、儲けを分配したのです。

冒頭の主人公(アントーニオー)の台詞は、明らかに分散投資を現しています。友人から、「今回の航海に多くの財産を投資して、航海が無事かどうかでふさいでいるのか」と問いかけられると、主人公は上の台詞を言うのです。当時は、航海が無事かどうかが最大のリスクでした。嵐で難破したり、海賊に襲われて沈没するのは珍しくなかったからです。ですから、一つの商船にすべての財産を投資しないで、分散したわけです。一隻の船が難破しても、残りの船が無事還ってくれば、莫大な利益の分配があったのです。

「一つのカゴにすべての卵を乗せるな」―。最近では、リスクを避けるための分散投資について、必ずこの譬えが言われます。すべての卵を乗せたカゴが下に落ちたら、すべての卵が割れてしまう。だから、卵をいくつかのカゴに分けて入れる。要するに、一度に同じ銘柄に投資するな、ということです。


「ローリスク・ハイリターン」はありえない

ひとつ加えておくと、「ハイリスク・ハイリターン」について、考え違いをしている人がよくいます。
―「ハイリスクを取れば、必ずハイリターンになる」(大きなリスクを取れば、必ず大きなリターンが得られる)。
これは、明らかに違いますし、危険な考え方です。正しくは、
―「ハイリターンを得るためには、ハイリスクを取る必要がある」(大きなリターンを得るためには、大きなリスクを取らなければならない)。

ハイリターンを得るためには、ハイリスクを取らなければなりませんが、ハイリスクを取っても、必ずしもハイリターンになるとは限りません。たとえば、リスクの大きな株式投資をすれば、大きな利益を得られる可能性がありますが、必ずしも得するとは限りません。大きく損することもあるのです。金融投資の場合、価格が大きくぶれることをリスクとして捉えます。今の金融市場は、まさにハイリスクを目の当たりに体験するものです。

バブル期では、株価が上がるのが当たり前でした。その頃、知人たちがよく言ってました。「ローリスク・ハイリターンって、あるんだな」、と。
その頃は、誰が何に投資しても、値上がりして儲かったのです。それが当たり前だと思って投資していたから「ローリスク・ハイリターン」があるものと、まじめに信じきっていたようです。当時のバブル崩壊後の状況は、今とダブって見えます。

冒頭に戻ります。この作品は、経済、法律の入門書としても十分読めるものです。投資、金貸し、借金、保証、契約、など現在のビジネス社会の入門が書かれています。もちろん恋愛もあり、戯曲として十分楽しめます。

ユダヤ人シャイロックは非道な金貸しとして描かれていますが、今読んでみると、現在の時代では特別にあくどいわけでもなく、どこそこの金融機関でもよく見られる行為をしたまでです。いや、金融工学とかが発達したおかげで、今の一般投資家のほうが、このヴェニスの商人より、よっぽど金融機関に痛い目にあっているのではないかと思います。



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