春. 夏. 秋. 冬. 河童の散歩

八王子の与太郎河童、
つまづき、すべって転んで、たちあがり・・。
明日も、滑って、転んで・・。

(18) 節三 落第

2016-02-05 11:28:56 | 節三・Memo

四方、秋田杉の連山に囲まれた、大館町は小坂鉱山の煤煙で枯れ死の危機にさらされた杉を伐採し、大量に市場に送ったことで繁栄した町。
肌理の美しさ、赤みを帯びた色と、香りはたちまち大館町を有名にし、縦長の地形を寸断するように流れる長木川には、二メートル以上に育った「ふき」が密集していた。
中学では柔道に明け暮れた節三は一年生ながら、上級生も適わない、実力をつけていった。
時には、先生さえ節三の足もとに伏されることもあった。
わが物顔のように肩を怒らせ、校内を闊歩し誰もが節三に一目を置いた。
学業に専念する学生たちは、柔道の節三ではなく喧嘩の節三のほうが有名で、姿を見ると動かないで節三が遠く離れていくのが最良策と囁かれ、嫌われていた。
前小屋寛右衛門は小坂行きの記者の中で、いささかうなだれてた。
戊辰の役で落城した大館城の重臣であった人物である。
大館製材業に投資をする、節三の父新助とは家系からすれば。秋田藩と南部藩、敵味方の関係になるが大館町の重鎮、前小屋とは妙にウマが合った。
節三が大館中学に入れるよう裏工作したのが、前小屋寛右衛門で保証人にもなっていた。
この日、学校の掲示板に
大田節三、学業不振により進級ならず、落第。の張り紙が掲示され、校長は用務員を走らせ前小屋に学校までご足労願いたい、と言付けたのである。
あらましを聞いた前小屋は、喧嘩も一流、柔道も一流だが、まさか学業不振も一流とは思いもしなかった。
あくる日、大田の家に挨拶をと汽車に乗り、山間の白い風景に目を移した。新助にどう切り出したらいいか、退学するなら肩の荷も下りようが、柔道を捨てさせるには、節三にとって、もったいない話であるが、要は節三自身の問題である。その結論が前小屋の口をへの字にさせた。

太田の門で
「前小屋寛右衛門ですが」と名乗ると、ミツの背筋がピンと伸び前小屋の顔から目が離せなかった。
新助に「保証人様」が来たことを告げると、そのまま自室にこもった。
ミツは節三から「落第した」と聞かされていたが「親父には自分で言うから姉ちゃんは知らないことにしておいて」と釘を刺されていたのである。
ミツは「自分から言う」という節三の言葉に少し大人になったな」と嬉しく思っていたばかり、今日あたり切り出すだろうとタカを食っていたのだが、保証人の前小屋寛右衛門に、先手を切られてしまう。

「太田家の恥知らず、どこへでも出ていけ」
新助の怒鳴り声が想像できた。

コメント
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