goo blog サービス終了のお知らせ 

春. 夏. 秋. 冬. 河童の散歩

八王子の与太郎河童、
つまづき、すべって転んで、たちあがり・・。
明日も、滑って、転んで・・。

逗子、岩殿寺。

2021-07-09 19:39:24 | 坂東札所

鎌倉に隣接する逗子のほぼ中央に位置する、
海雲山・岩殿寺、梅雨の晴れ間の散歩です。

👇ここへ来るまでの道、
住宅街を縫うようにして、岩殿寺敷地の塀まで来ると、
四角い石積みの擁壁側に、
ポツン、ポツン、文字を彫っての句碑は・・・、
坂東三十三観音、それぞれの御詠歌でした。

さすが鎌倉、訪れる方々へのもてなし、と。







👇四脚門に、色あせた看板に、
門からの見える整然とした雰囲気に、
歴史の重さ、厳かに、

ちょっと足踏みをしてしまいます。


👇キリっと、心を制して、門を踏み入れば、
扉に笹竜胆の飾り、源氏の家紋が、

源氏との関りを暗示させます。。




👇こじんまりした門が、木々に溶け込んで、
かわゆく見えます。





👇納経所の前、右に折れて、石段に向かいます。






石段の下にある利生堂。
数珠巡礼との関りでしょうか・・
ちょっと・・イエ、全然わからないのであります。



👇120段、森厳とした風致、
タツタか、たったか登る男性に置かれながら、
古観音堂に向かうことにします。




コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

鎌倉・杉本寺。

2021-07-07 20:48:41 | 坂東札所


鎌倉杉本寺は鎌倉幕府を開いた、源頼朝さんが、
大いに関りがある古刹で、
征夷大将軍になる1年前1191年、
3年前に焼けた杉本寺の、
再建に多大な援助をしたといいます。
杉本寺はこの時から、さらに500年前には、
存在してたといいます。

仁王門(前回記事)をくぐると右手に、
お参りすると大きな「蔵」が建つ程、
富に恵まれると言い伝えられる、
大蔵弁財天堂。
蔵が立つなら、富は欲しい。
財宝、利得の神、弁天尊を祀っていいます。



そして、本堂へは、
1700年以上、何人が登り降りしたか、
👇すり減った石段、今は利用できず、
代わりに左に「おんな坂」を登ります。


👇途中に 






👇僧行基が彫った十一面観音を、
源頼朝は、深く観音様を帰依して、
よく、参拝した本堂。




👇身代わり地蔵尊を前に七地蔵尊


👇杉本寺の歴史の重苦しさ、
1300年代、南北朝時代戦いに敗れ、
ここで自刃した斯波一族の供養塔、
五輪塔群が、ひっそり隅で、寄り添うように。






👇五輪塔群の横に、鐘楼があります。



古都鎌倉、静かな風情に、
心地よく・・でした。
歴史に精通していれば、
もつとよかったのですが・・。





👇鎌倉のバス・・・。

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

蠟梅の実、鎌倉杉本寺の仁王門。

2021-07-06 19:01:48 | 坂東札所

河童の散歩は久しぶりの鎌倉です。
6月下旬、梅雨の晴れ間、平日でしたが、
古都、鎌倉観光客は少なく、穏やかな心地でした。

杉本寺、鶴岡八幡宮から、1キロ少し、
閑寂な雰囲気に、鎌倉で一番古い古刹。
老人にもリズムを取れる、整備した石段が、救い!







👇運慶が彫った・・らしい、仁王。
1150年に生まれた運慶は、
36歳で彫り師、父から独立して、
東国にわたり、国宝級の像を彫っては・・は、
義務教育、教科書に載ってたような・・。





像に埋められた「玉眼」は、
1151年が初めてなのだそうです。










👇てっきり、枇杷かと思って・・・
まさかね・・。

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

秩父札所の結願所、水潜寺。

2021-07-04 22:20:57 | 秩父34札所

鳥の鳴き声が変われば、空模様は変わる、
鳥が鳴かなかった、朝から雨の金曜日、
昼前に、雨がやんで、かすか遠くで鳥の声も、

今日はずっと雨、鳥も雨宿りでしょうか・・。

埼玉県最西端、東京、長野、群馬、山梨各県に隣接して、
市の花に芝桜を、
鳥は八王子市の高尾山でも鳴き声が聞こえる、
👇オオルリ。




今は6万人が住む秩父市に、平安時代の頃には、
様々な悩みや苦しみから逃れ、
平穏な暮らしにしたいと願い、観世音菩薩や薬師如来、
極楽浄土への転生を保障するという阿弥陀如来への信仰が、
庶民の中に広がり、有力者の帰依を避けて、
修験者とともに、小さな堂宇を建てた。





👇奥長瀞渓谷に



👇日本百観音結願所、
秩父札所34番、日沢山・水潜寺の石碑が見えて、


👇33体の観音像が並んでいます。





👇緩い坂道、観音像を見ながら登りきると、
納経所で32番法性寺、33番菊水寺でも、
釘付けになった男性が姿を見せました。



👇本堂。
寛政の頃(1789~1800)
江戸在住の人々の寄進によって再建されたと伝えられる、
方形屋根、四間四面の建物。


👇日焼けした小坊主が、
疲れをいやすように「水でもお飲みください」 なんて・・。
百観音巡礼を終えた巡礼者は、
笈摺(おいずる:巡礼者が羽織る白衣)や、
金剛杖、菅笠、千羽鶴などがお札とともに奉納し、
水を浴びて、帰るのが、習わしとのこと。






👇お砂の上に立てば、
西国阿弥陀如来、

坂東薬師如来、
秩父千手観音の三体の御本尊を拝めば、
日本百観音巡礼の功徳が得られるといわれております。 

初めての札所巡りは、秩父だけ、
何となく、躊躇った・・・踏めば次の札所巡りの、
機会をなくすようで・・。
でも・・踏みました。





👇日本百観音結願堂。


👇仏足跡の堂。








👇一言も言葉を交わすことなく、
彼は、納経所👆から出ると、
ベンチでカメラを持って座る私の前で、
立ったまま動きませんでした。
レンズを向ける、
非礼が非礼で無くなったわずかな時間でした。
撮り終わった直後に彼は、
「2回目が終わりました。これで東京に帰れます」
それだけ・・。

遠くに流した目に、彼の胸の中、
返す言葉はなく、ただ頭を下げた。
彼のひょうひょうとした動きは、
私には、神々しく見えました。





私も帰ります。

一番四萬部寺から
三十四番水潜寺まで
静寂な山村と美しい自然の
風光を背景した
一巡約100km程、
👇坂道の
千手観音像から、
一尊、一尊、
目に焼き付けるようしてです。







コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

今日は雨、紫陽花と秩父札所33番。

2021-07-03 08:43:40 | 秩父34札所

名もなく貧しい、グ~タラ与太郎河童の空、
北風と南風のつばぜり合いが、
あらぬ、線状降水帯のとばっちり。


この頃、とろくなって程よかった、
頭の巡り具合に「喝」のくさびを打たれた、
仕事の打ち合わせ、

舌鼓した、茶請けの「あじさい葛大福」
旨かったと思いながら、
アパートには鍵をかけ、
来訪者にはちょいと不在を匂わせ・・、
電話は布団の中に入れグルくるっと、
す巻きにして、とッ・・。

準備万端、思いどぉりに行けばいいけど、
息をひそめ、ごろ寝も良し・・と。









👇札所33番、延命山・菊水寺、
間口8間の広い土間に、
堂宇の中に1メートルほどの、
藤原時代の聖観世音菩薩が、
別に本尊を模造した、
室町時代の作といわれる聖観音が見れる。
書院に納経所の窓口があり、
欄間には、読み書きを教えた教科書のような、
中国の二十四孝の親孝行を進める「孝行和讃」
子供は家繁盛の基、と教える
わが子を圧殺する「子がゑし」の絵図が、
掛けられていて、
菊水寺では、大絵馬を通して、
自分のあとを引き継ぐ子供を大事に、
育てることをことを願ってます・・と。




























コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする