春. 夏. 秋. 冬. 河童の散歩

八王子の与太郎河童、
つまづき、すべって転んで、たちあがり・・。
明日も、滑って、転んで・・。

1700万年前の岩肌、秩父札所道、鷲窟山・観音院。

2024-03-12 19:50:11 | 秩父34札所




👇石造りの仁王は“石造り”では 日本一の大きさ。
台座を入れると4メートルを超える。



👇石段の数の296段は、
般若心経“276字”と普回向(ふえこう)“20字に合わせて。













👇凄い人がいた。
秩父郡皆野町、いくら地元の人と云っても
西国も高野山も・・‣






秩父34霊場のなかで、もっとも険しい難所に建つお寺、
奈良時代の僧・行基  668-749年  の作とされる、
聖観音像が祀られているという、観音院がチラリ・・







👇嬉しいのは、本尊を拝む前に、
必鐘を撞いてくださいと、張り紙が・・・





秩父札所31番・鷲窟山 しゅうくつさん・観音院
1893年に焼失した本堂、
長い間、仮堂から1972年に再建された本堂

17000万年前
海底で小石や砂が積もってできた礫質砂岩が
隆起した秩父地方に
真新しいシャープな堂
なんだか
地質の方に眼が移ってしまって・・・・
いいかな~ぁ~・・・


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春は、姫踊子草から。楊貴妃を祀って法雲寺。秩父札所道。

2024-03-10 10:59:55 | 秩父34札所


秩父、八津川渓流から熊倉山への道の途中に、
秩父札所30番、法雲寺。
1319年、鎌倉・建長寺の道隠禅師が唐から持ち帰えり、
奉納した如意輪観音像は、
唐の玄宗皇帝が楊貴妃の供養のために自ら作ったものだという。







👇2021年6月11日、緑深くなり始めた樹木の葉っぱ。


👇アブチャンのデザインもまた洒落ていて・・





👇奥秩父、本堂から納経所を俯瞰して・・












👇秩父札所の観音堂、
どうしてこんなに焼失してしまうのでしょうね。











👆👇👇この花で春になったと思う
借地にある農道に所せましと咲く、姫踊子草
おけさ笠を着けたら・・‼ と
そんな絵空事に、片肘ついてる日曜日
明日から1週間の出張
都会を離れる嬉しさ
気分はウキウキ、落ち着いてられない
ウン ‼




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高尾山の花、わたらせ渓谷の猫で、秩父札所・橋立堂。

2024-03-09 06:18:51 | 秩父34札所


百合山葵👆が咲いてた、去年の3月8日は、
高尾山で花を追いかけてた。
だるさを感じる身体になったのは、この辺りから。
今年の8日は雪。

疲れを知らない、怪物と揶揄されるのに、出かけない事、
尻に根が生えてる・・・。



👇ハナネコノメソウ



👇この写真の後、彼は転落する羽目になり、
私は、大変な時間を彼に取られました。



もう50数年前、無職になった私、
フランス言語学を専攻した友人に誘われ、
秩父・橋立川で、山女魚、岩魚を
脈釣り技法で、ワンカップ。
秩父鉄道、始発池袋から乗り、浦山口で降りれば目の前、
浦山川に流れる支流橋立川。
その川沿いに橋立堂。
当時は社寺巡りなど思いもしない、若造でした。
彼がフランスに留学してから、プツリ。秩父が遠かった。
橋立堂は3度でしたが、ここへ来ると、
彼の釣れた、釣れたと喜ぶ無邪気な姿が、
いつもフラッシュバックする。

👇65メートルの石灰岩壁を食い込むように、橋立堂。


寺域には、オルレア👇が一杯・・







👇店に床は無く、土の感触が疲れた足を癒す。


👇札所34カ所で唯一の観音さんは、馬の冠を付け、
怒ったような馬頭観音。
馬は可哀そうだ、尻を叩かれ、土を耕して泥の中、
人や荷物を背負わせられて、遠くまで・・・
本堂内の馬の絵馬は、馬への感謝の証し。


👇こじんまりした1707年からの堂。
















👇
2023年3月28日、わたらせ渓谷・花輪駅の猫
ライフワーク、江戸中期の彫り物師
  関口文治郎の2世 
と、勝手に名を付け
ガリガリに痩せて愛おしさ、いっぱいの猫
花輪駅は無人駅
今年の桜はいつだろうか



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秩父札所。大淵寺・月影堂。

2024-03-08 07:06:56 | 秩父34札所

秩父の盆地を一望できる所に建つ、高さ15mの護国観音像。
秩父札所7番・法長寺の住職であった、
町田兼義氏の発願によるもので秩父、
昭和10年に開眼しました。
高崎観音・大船観音と共に、

関東三観音の1つにも数えられていました。
琴平丘陵ハイキングコースをたどって、
徒歩で約1時間くらい。
3年前、まだかくしゃくとして・・ましたけど ‼













👇銅鐘と鐘楼は、昭和46年、
秩父出身の小学生の頃、1升のご飯を食べていたという
若秩父という相撲取りがいて、
第51代横綱・玉の海一行による追善大相撲を記念して、
寄進・建立したと・・。


自然の湧き水で年間渇水することがない。
この水を飲むと33ヶ月長生きすると昔から言い伝え。
あやかって、ゴクン ‼
今度飲んだらまた33か月・・・
ハイキングの後だったから、冷たさがなおさらでした。








👇大正8年、本堂は蒸気機関車の煤煙からの火災で消失した後、
大正11年に再建された本堂。





ここも、汽車の煤煙で焼失し再建した
👇月影堂


八王子、3月の雪は雨に変わりました
雨がやめば、春ですね

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秩父札所道、尾根づたいに。岩井堂。

2024-03-06 06:28:27 | 秩父34札所


秩父札所26番の円融寺、訪れた2021年は、
改築中でした。👇このお寺辺りから、
順路は、自然の中を歩くようになります。
懸造りの岩井堂と呼ばれる観音堂まで、
石段を数えながら、今までの札所巡りとは、
様相が変わりました。












👇約300段、江戸中期に建立された懸造り。
本尊、今は円融寺の本堂に祀られているのですが、
秩父札所道、奥の院、立ち寄りたい観音堂でした。







👇堂の裏の崖、弘法大師がここが霊地だろうと、
壇を築いて37日の間、秘法を修行し、
成満したその日、紫雲がたなびき、異香が香って、
観音様が現れたという。



👇尾根づたいには、琴平神社の修験道があって、



👇傍には坐像の観音さんが・・。



更に尾根づたい、
鎖場の巌を登りきると、いきなりの観音像で、
市内の景観を眺めながらの軽食です。





👇一服後は下る一方、6月21日の紫陽花が。



👇札所27番の大淵寺・月影堂の境内が眼下に・・・。






夜半からの雪は解け始めてるけど
稜線はどんより
さむい、寒い ‼   東京都下です


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鬼畜の母を想った娘の、久昌寺。秩父札所道。

2024-03-03 11:50:25 | 秩父34札所


深夜、ディズニーのアラジンの映画を見た。
寝不足、しょぼしょぼ目ですが、朝から太陽を浴びてると、
苦すぎるコーヒーも美味くって・・。


秩父札所道、今日は長瀞、宝登山参道で「長瀞祭り」
生憎、行けない。3月の予定に組み込んでたけど・・‼

秩父札所25番、久昌寺  きゅうしょうじ 
のどかな里の景色、せこせこしてる都会の生活、
なんか気の毒になってくる。



👇仁王門の扁額に「御手判寺」
秩父巡礼の13権者の一人性空上人が、
閻魔大王から「石の手判』をここへ納めたから、と。


👇ウン ‼ 久しぶりに見た筋骨隆々の仁王さん。




この日、2021年6月6日、小雨の観音堂



👇質素でも、なごむ手作りの天蓋。 ‼
聖観世音菩薩が祀られ、閻魔大王もいる堂内。


👇地蔵堂
堂の傍に、柔和な顔した、奪衣婆がいる。
現世とあの世の境目、三途川の渡し賃は6文。
6文無ければ衣服剥ぎ取られる。

奪衣婆、いい子には優しく、
悪い子には遠慮なく閻魔大王に『地獄へ』とアシストする。
気色悪いと、嫌われがちな奪衣婆だけど、
人の悪行を見極める能力は、際立って鋭く、
里人は、赤ん坊がいい子に育つようにと、
赤ちゃんの守り神として、崇めている。














寺域・蓮池も広い久昌寺です。






👇本堂には、阿弥陀如来が祀られています。
納経所もここ。






鳥の胸肉、ネギに椎茸、舞茸とキャベツ刻んで
掻き混ぜてッと、
花粉だろうか、くしゃみの飛沫
さぞ、旨かろう
日曜日の昼時

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武蔵国・恋ヶ窪の遊女を結んだ、法泉寺。秩父札所道。

2024-03-02 13:19:23 | 秩父34札所

平安時代に名付けられた恋ヶ窪村、
武蔵野から鎌倉に通じる宿場町、
東京多摩地方は、国分寺市。


秩父から修行僧が1本の楊の枝を持って、
口中の病に悩まされていた、恋ヶ窪宿場で働く遊女に渡した。
『楊のこの枝で口中をそそぎなさい』と。
教え通りにした遊女の痛みは、消えて、
観世音の信仰はさらに深くなったという。
秩父・法泉寺の伝説。

恋ヶ窪の遊女・・名は夙妻太夫
(あさづまだゆう)
遊女に恋をした、源頼朝に仕えた秩父の庄司・畠山重忠との、
一途な恋に『重忠は戦で討ち死にした』という、
横恋慕した男の嘘から、池に身を投げた遊女の亡骸を、
憐れんた村人は、手厚く葬り墓印として松を植えた。
その松・・・夙妻太夫の深い悲しみで、一葉に。
後、戦いで勝利した重忠は一目散、太夫をのもとに・・、

太夫の死を知って、魂を慰めるため、
金仏様を造らせて弔ったと伝えられる、
国分寺市の伝説。

秩父と武蔵国・恋ヶ窪村を結んだ、法泉寺。
武甲山は遠くに、市内を遠くに見える境内、
















この日は、2021年6月6日、
札所23番から1ヵ月ぶりの秩父、札所24番・法泉寺。

緑濃い景色に、紫陽花が咲いてた。



👇の写真を撮る前、
歩行困難の女性を、抱える夫婦がお参りしていました。

私を見て、彼らのカメラで、
『私たちを撮って下さいと・・』。
恋ヶ窪伝説、彼らが動くところ、ところ、
休んでいるところ、編集が大変なほど、撮った・・・。
あの夫婦は今、どこで、どうしているだろう?


室町時代・25センチの坐像聖観音像を本尊にして・・。












717年、越前の大徳泰澄法師が、
秩父峯に登って杖をとめ、休んでるとき夢を見た。
気品のある姫様が、泰澄法師に告げる。
『あなたに、奉げる御佛がある』
枯れ木を3つに切り、
一本に聖観音を彫り、私は日の神である、と名乗り、
もう一本の木から山鳴りと共に、秩父の山を守る、
十一面観音の化身、白山姫が現れた。
泰澄法師は、もう一本を「箸」にして、諸人に与える。

木の枝を削り与えるようになって、
万病に効くは『楊の箸』と信じられ、
恋ヶ窪の遊女と、秩父の修行僧、

女性を願いを成就させた箸の伝説は今も・・。

十一面観音菩薩を本地仏にしていた、
👇白山神社



得意先担当者
わたしの顔色見て体調が良いねと
ドンドン仕事を押し付けてくる
年齢を考えろと言っても
聞いてるんだか、聞いてないんだか
矢継ぎ早

拳銃向けるのでは、ロマンがない
ささやかな、ささやかに
裏の神社の御神木に丑の刻
藁人形五つ、二本歯の下駄つっかけて
 でっかい  金槌で
打ち付ける日を、虎視眈々と

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