・草づたふ朝の蛍よみぢかかるわれのいのちを死なしむなゆめ・
「あらたま」所収。1914年(大正3年)作。
「草を伝わって来る朝の蛍よ、命短い蛍よ。わが命をゆめゆめ死なしむな。」という歌意である。
「いのちを死なしむなゆめ」がやや現代人には通じにくいものの、難解ではない。この一首、「蛍よ」の「よ」を「呼びかけ」ととるか、「詠嘆」ととるかによって趣がいささか異なってくる。「呼びかけ」ととるのは佐藤佐太郎と長沢一作。「詠嘆」ととるのが塚本邦雄である。
斎藤茂吉本人の言うところを聞いてみよう。
「ああ朝の蛍よ、汝とても短い運命の持ち主であろうが、私もまた所詮短命者の列からのがれたいものである。されば汝と相見るこの私の命をさしあたって死なしめてはならぬ(活かしてほしい)、といふぐらいの歌である。」(「作歌四十年」)
佐藤佐太郎も長沢一作も、斎藤茂吉の解説の通り読んでいるのだが、塚本邦雄は
「< よ >は決して呼びかけではない。・・・< 死なしむな >とはアニミズムの使徒茂吉の心中にある造物主への祈願にほかならぬ。」
と断言する。一見、乱暴な立論のように思えるが、作品が作者の意図をこえて解釈されることはままある。
こうした読みが可能になるのは、茂吉自身がいう通り「単純に< 死なしむなゆめ >と云ったために、これも常識的意味に明瞭を欠き、いろいろ論議の余地もある・・・。」(「同書」)
僕は「赤光」「あらたま」と続いた、茂吉の写生論の「汎神論的性格」からして塚本邦雄の読みが茂吉の深層心理に近いと思う。
佐藤佐太郎もそういう読みの余地を残している。(「茂吉秀歌・上・40ページ」)