・黒々としげる樹海の遥けきにパンケトー・ペンケトー二つ湖・
「地表」所収。1955年(昭和30年)作。
第5歌集「帰潮」で読売文学賞を受賞し毎日新聞の「毎日歌壇」の選者となった佐太郎は、著述業を生業とし様々なきっかけで国内各所をまわるようになった。自分の身辺から、短歌の素材の範囲を広げていった。
この一首もその一つで、「パンケトー・ペンケトー」とは北海道の奥地にある湖である。アイヌ神話に語られている湖と聞いたことがあるが、峠より遠望するとまるで双子のように静まりかえっているのが見える。
国内旅行もさほど頻繁には出来なかった時代に、北海道の奥まったところにある湖を詠いこむのは当時としては珍しかったにことだろう。
「パンケトー・ペンケトー」という名も面白い。作者の心を動かしたものの一つは、この名前にあったであろう。佐太郎短歌のなかで固有名詞は珍しいからである。しかも樹海のなかに静まりかえっている。そこが一首の中心であり、「遙か遠い樹海のなかに」というところが暗示的である。
「パンケトー・ペンケトー」といえば、今は観光ガイドをめくれば写真に見ることができる。だがこの頃はそうではなかった。にもかかわらず情景が目に浮かぶ。これも重要な点であろう。
この湖は観光道路から離れていて、容易に近づきがたいところがある。だから「遥けき」であり、それが「樹海」と結びつくことによって神秘的でもある。