▪後の世に種まくように生きたしと母に当てたる手紙書きたり
歌集未収録「星座」に発表済み
共謀罪が成立した直後に詠んだ作品である。共謀罪は政府にもの言う市民の口を閉ざす。漫画家の小林よしのりさんが言う。日本ペンクラブ、日本演劇者協会が反対声明を出す。国連人権委員会の特別報告者が厳しく批判する。言論の自由が危ないのだ。
共謀罪が成立しても、僕は声を上げ続ける。共謀罪で捕まるかもしれない。すでに、萎縮している歌人がいる。「これからイイネは押さない」とFBで明言している。「言葉を尽くして議論するのが民主主義だ」という歌人がである。
彼を責めようとは思わない。個人の責任で判断したことだ。しかし、それが歴史の批判に耐えうるものだろうか。それは疑問だ。
戦前、戦中の短歌は、戦争の鼓舞に一役も二役も買った。戦前の轍を踏むのは避けたい。心からそう思う。
しかし、共謀罪で捕まるかも知れない。今ではなくいつかは。そこに僕は一抹の不安がある。捕まるのが不安なのではない。僕には持病がある。重症のうつ病だ。薬がなければ日光も浴びれない。そこで、信頼できる友人と国会議員の弁護士に知らせた。僕が捕まったあとに差し入れて欲しい薬の名前と分量を。他にも何人かに知らせる積もりだ。
母にも知らせた。それを手紙に書いたのだ。僕の覚悟を聞いて、母は涙ぐんだ。90を越えた母には、親不孝を詫びよう。しかし、これは、譲れない。
そんな切実な思いを作品に託した。
小林多喜二という作家がいた。文豪の志願直哉から認められた逸材である。しかし、治安維持法で逮捕され、拷問で殺された。小林多喜二は自分の生きているうちに、願いがかなうとは思っていなかっただろう。自分のあとに続く人たちが必ず出るのを信じていたことだろう。
自分を小林多喜二と比べる意図は全くないが、小林多喜二がいたから、今頑張れる。そんな生き方をしたいと思う。