・熱にふけし如き色をもつ石の原底ごもり鳴る音ぞきこゆる・
「群丘」所収。1959年(昭和34年)作。・・・岩波文庫「佐藤佐太郎歌集」113ページ。
佐太郎の自註。
「そこ(八幡平の泥火山)を過ぎて広い石原がある。いたるところに噴煙が立ち、地下で風でも吹いているような音がこもっている。噴煙の硫気に焼けた石はたとえば麹のかびのような色をしていた。」(「作歌の足跡-海雲・自註-」)
温泉近くの湯泉のあたりは、あつくて一種独特の景である。那須の殺生石の周辺し
かり、日光の湯元温泉の源泉またしかりである。北海道にもこういうところは少なくない。
ただ叙景歌にするには意外に難しい。景が特殊なだけ、あれもこれも入れたくなるのだ。
その点、冒頭の一首は熱蒸気の当たる「石の原」に焦点をあて、下の句で聴覚を効かせているのが効いている。
一読して視覚と聴覚のふたつ焦点と読めるが、よく読むと上の句は場所を示す修飾部であり、一首の焦点は下の句の聴覚を効かせた部分である。その音がどんな音かといった HOW が十分表現されている。HOW (どんな、どのように)をつかむのは「写実」の基本のひとつ。これが的確に表現できれば、景が顕つ。景とはすなわち「情景」である。
そしてもう一つ。「底ごもり鳴る」の表現が、地下の胎動を言い当ててあまりある。佐太郎は何も書き残していないが、おそらくこの四句目にもっとも苦心しただろう。一首の「核」となっている部分だ。