・高倉の床に蘇鉄の赤き実を干せり古代の風ふくところ
「アンソロジー海雲」所収。
この作品には自註がある。
「安木屋場という部落に着くと、高倉という床の高い建物があった。南方系の様式で、日本の古代をしのばせる。床に蘇鉄の実が乾してあった。紬を織る機の音が聞こえていた。」
これは佐藤佐太郎50歳の5月に奄美大島で詠んだ作品だ。
奄美大島の高倉の復元家屋を見たことがある。方形の高床式倉庫で農作物を乾燥させる。奄美大島は湿度が高いから、ネズミ返しのついた高倉式倉庫で乾すのだ。
ここから佐太郎は弥生時代の高床式倉庫を連想したのだろう。弥生時代のものと、奄美大島のものは形状が異なる。
「古代の風吹くところ」は佐太郎の連想である。
正確に言えば「弥生時代」は「原始時代」にはいり、古代ではない。だがこれを非難するのは適当ではない。作者がそう感じたのだ。「歌を詠むとき」は「地動説でいい」と佐太郎は言う。学術的正確さは短歌には必要ない。
奄美大島の安木屋場で詠んだ歌だが「個別具体的」な「場所」は「捨象」されている。佐太郎が言う「表現の限定」である。
赤い蘇鉄の実の色が「鮮明」に浮かぶ作品だ。