新年を祝う歌 佐藤佐太郎の短歌
・かたちなき時間といえど一年がゆたけきままにわが前にあり 『開冬』所収。
『開冬』は佐藤佐太郎の第10歌集。1975年(昭和59年)刊。1971年(昭和46年)作。佐太郎62歳になる新年の作品だ。彼は1967年から68年(昭和41年から42年)には、鼻血を出して、病院で越年している。
この頃から、老いを意識した作品を残している。
・老いづきし人の憂を見るごとく遠き桜がをりをりうごく 『開冬』
・鏡中の人は老いたり考古学発掘のごとくいま歯をみがく 『開冬』
・冬ごもる蜂のごとくにある時は一塊の糖にすがらんとする 『開冬』(糖尿病)
こういう時の新年の歌は、老いの詠嘆や、愚痴になり易い。一茶の「めでたさもちゅうぐらいなりおらが春」という具合だ。
また正月には常套句がある。
『短歌』2014年1月号に「新年を祝う名歌100首選」という特集があった。そこには釈迢空、窪田空穂、斎藤茂吉、宮柊二、高安国世、塚本邦雄などを始め、100首の作品がある。そこには幾つかの常套句がある。
「新しき年」「年を改め」「元旦」「元日二日」「睦月ついたち」「新年」「初春」「年始」などである。まして老いを意識する境遇となれば「残り世は幾許(いくばく)」などと言いたくなるものだが、佐太郎の作品にはない。
新年を「自分の前を過ぎゆく時間」と捉えている。新年にあたっての感慨というより、自分の生きている時間を、冷静に凝視する姿勢が見られる。
『短歌』には次の作品も紹介されている。
・あかつきの天(そら)よりわたる日の光あな忝(かた)じけな吾にとどきて 『地表』
これもまた独特の捉え方が、顕著に見られる。それはまた斎藤茂吉とも異なった、独自性と言っていいだろう。