「The星座」の欄の冒頭(尾崎左永子主筆の次)を飾るものなので、締切も他の作品とは異なる。その16首詠。
「熱きミルク」
・地底より声するような夕暮に遠き山々稜線おぼろ・
・夕空に同化するかと思うまで離(さか)りゆきたり海鳥のかげ・
・黄昏(たそがれ)にしんかんとして輝けり咲く山百合の花の白きは・
・南欧の童話きくごと両耳を澄まして居たり夜の茶房に・
・オカリナの曲の流れる部屋のなか埃積れる聖書手にとる・
・わが記憶よみがえらせる風の音ききながらモカ珈琲沸かす・
・吹きつける風つよき夜ひそやかに抱く予感よ幻であれ・
・とめどなく湧き来たるもの抑えつつカップに熱きミルクを注ぐ・
・しずしずと怒り鎮めん猛々しき雷鳴すでに遠くなりゆき・
・何となくテレビ映像見る夜に凄まじきまで心は震う・
・はからずも別れ来たれる人の顔思いつつ食むセロリが苦し・
・A(アルフレッド)=ノーベルもどきの男たち危険数値をためらわず言う・
・自分こそ硬派であると言う人の書きたる文章読むに悲しも・
・無頼派かいや無頼の輩(やから)の片言に便箋五枚の返書送りぬ・
・騒がしく身にまつわれる蚊の二匹片手で一気にたたき落とせり・
・うすれゆく意識のなかにかの人の顔浮かび来て眠りに落ちぬ・
読みやすいように5首ずつ区切った。仮にこれを「連」と呼ぶと、「起承転結」となっているのが分かる。
全体の主題は人との別れだが、悲しさと怒りのないまぜになった感情である。
始めの五首で悲しみを「夕暮」に託して象徴的に表現した。だから「悲し」という主観語は使わなかった。
次の五首。「悲しみ」「怒り」「不安」とそれを鎮めようとする、心情を詠んだ作品を集めた。「モカ珈琲」は句またがりとし、複雑な感情を込めた。
その次の五首。相手と何があったか、暗示的に表現した。これでわかるように、相手は特定の個人ではない。特定の複数の人間と思って貰っても勿論いいのだが。そこは読者の自由。「無頼派」で始まるものは二句目を九音にした。これは粱塵秘抄に、「そい」という掛け声があり、不思議なリズムを醸し出しているので試してみた。
そして最後の一首。「結」である。だから「眠り」に「落ちぬ」でなければならない。
こう見てくると、演出過剰のようだが、これは改めて読んでそう思うのであって、最初から意識した訳ではない。作品を16首準備するときに、作品のストックから選んで、結果的にこうなったのだ。
何より大事にしたのは「一首の独立性」。詞書等がなくても一首一首の意味が理解出来るかどうかを一番に考えた。最初の五首に叙景歌を入れるなど、「写実・写生」の基本を先ず示すこととなった。だが飽くまでそれは結果論。狙ったものではない。
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