今年は「運河」に発表した作品を出詠した。(表記を新カナに直しました。)
・偽りを言うにあらねど装いて生きる気のする深夜十二時・
眠れぬ夜。偽り、つまり「嘘をついて」生きている訳ではないが、「今の自分」が本当の自分か、いや「自分とはいかなる人間か」考えることがある。そも人間はみないつも仮面をかぶって生活しているのかも。
人間という不可思議な多面体。自分のことが一番よくわからない。他人の品定めをしたりするのに。
・悲しみに形はあらず駅前のバスターミナルに喧騒を聞く・
最寄りの駅にバスターミナルがある。リタイアする前、駅前でバスを待つと3回に1回は「深夜バス」。駅前はタクシーや自家用車の音で騒がしく、バスは満員なのになぜか悲しい。
「人はみな悲しみの器・・・」と詠んだ歌人がいたが。
・偶像のもろさ虚しさこもごもにつのる夜すがら風音高し・
偶像が崩れる。こういうことはよくある。「落ちた偶像」という小説を書いたイギリスの作家がいたが。偶像を持ちやすい少年の心。
大人も大なり小なりそういうものがある。特に何か共通の目標を持つ集団の場合。「偶像禁止令」は中世の東地中海世界の話だった。
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そういえば、斎藤茂吉と岡井隆につぎのような作品がある。
・もろもろの海魚あつめし市たちて遠き異国のヴェネチアの地よ・(斎藤茂吉「遍歴」)
(=ヴェネチアは北イタリアの都市。現代の地中海沿岸の歌である。)
・ホメロスを読まばや春の潮騒のとどろく窓ゆ光あつめて・(岡井隆「鵞卵亭」)
(=北九州の海辺の歌だが、地中海世界の香がする。ホメロスは古代ギリシャの歴史的叙事詩の作者。)
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なお日本歌人クラブには当然、僕の所属誌以外の会員もいるから全く違う表現方法に出合うことになる。これは一種の驚きであり、「現代万葉集」は年1回のめったにない機会と僕は捉えている。
そして一人3首という制約があるから、出詠作品は作者の選りすぐりのものと考えていい。だから所属誌を同じくする人が何を表現の中心としているかを知ることも出来る。
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「日本歌人クラブ・2011年『現代万葉集』(2857円+税)
NHK 出版 03-3780-3324
書店でも注文できます。
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