「霧が丘短歌会」2015年7月 於)ミモザ霧が丘アカシア
前月に引き続き、会場は「ミモザ霧が丘アカシア」。これは大規模団地の一斉リフォームの工事に伴うもの。こうしたローカルな事情もこの短歌会らしい。
会場の都合で時間的制約がある。時間が足りないのだ。だから作品に関する事だけに話題を絞った。気さくに話せるのはいいのだが、時に無駄話になる可能性がある。
この時間的制約が返って集中力を高めた面がある。一人二首の出詠だった。叙景歌、心理詠、社会詠など、素材の選び方に作者の独自性が出て来た。
秀歌の条件は素材の選び方にあるから、そこは進展と見ていいだろう。
だが課題はある。思いつくままに列挙しよう。
文語を使うのに古典文法が間違えている。「流る」の連体形は「流るる」。文法で間違うくらいなら口語を使ったほうがいい。文語を使うにしても、ことさら古い言葉を使う必要はない。
擬人法が目立ち過ぎる場合が多い。擬人法が目立つと作品がわざとらしくなる。直喩も同様だ。直喩は余程の独自性がないと作品が浅くなってしまう。
表現したい内容、抒情の質が明確でないもの。言い過ぎて説明になっているもの。言葉足らずで表現が的確でないもの。問題点は見られたが、熱心なのが一番の宝だ。新聞歌壇、ライトバースの影響も消えた。『運河30周年作品集』を始め、歌集にもよく目を通すようになった。リズムが身に着き、題材を深めようとする姿勢も出てきて、日常報告歌は、ほとんどなくなった。「運河」「星座」に入会した会員には進展の度合いが大きい。
時節柄、戦争法案を批判する作品もあったが、スローガンになったり、説明となったり、抒情詩としての余韻がなかったり課題が多い。改めて思う。「社会詠は高度な心理詠である」。
「戦時立法」に反対する、憲法九条を守る歌人の会のアピール文を資料として配布した。
恒例の短歌上達4原則を確認した。
1、短歌を多く詠む。2、短歌を多く読む。
3、自分の作品を声に出して読む。4、「詩人の聲」を聞く。
現代詩の理解が短歌の上達にも必要だ。引き続き会員を募集する。毎月第4月曜10:00から12:00まで。受講料一回1500円。連絡先 045-922-5542(岩田自宅)
「霧が丘短歌会」
来月は8月24日の10:00より「ミモザ霧が丘アカシア」で行う。