「夜の林檎」所収。
滋賀県北部には「湖北11面観音」というものがある。国宝だが、11の顔がそれぞれ人間の喜怒哀楽や煩悩をあらわしていてまことに面白い。
それに加えて、近隣の村々ではそれぞれ一体ずつ仏を祀っているという。それを代々続けてきた人間の生活や歴史の重みに感動を覚えた。
北美濃と北近江は、畿内への入り口にあたる。古くは「不破の関」があり、「関ヶ原」という地名にもそれが残っている。当然、戦乱に巻き込まれることが多かった。惣村という村の結合が強いと同時に、精神的支えとして一村に一体ずつ仏像を祀っている。なかには戦乱を避けて、一時的に土の中に埋められた仏像もあったそうだ。そういった人々の生活に心を寄せたのである。
仏像の形態を詠ったものも混じっていたが、叙事的に過ぎたようで、選歌の段階で落とされていた。詩は「情報の伝達」が目的ではないと感じ始めたのはこのころからだったように思う。
・湖の北岸に立つ寺のなか木彫り仏はしなやかに立つ・
この一首も「工夫のあとがみられる」とコメントされたが、「立つ」が重なっているのと、最初の「立つ」は「建つ」とすべきだから赤面ものだが、今となっては初期の思い出の一つである。