・しづかなる峠をのぼり来しときに月のひかりは八谷をてらす・
「ともしび」所収。1925年(大正14年)作。
「八谷」は「やたに」と読む。固有名詞ではなく、眼下に見える多くの谷である。古来「八」は多くのという意味でつかわれており、「八雲」「八ちまた」、さらに万葉集には「八峰・やつを」という用例がある。
「そういう例を根拠とした造語とおもうが、ほとんど卒然としてこういう晴ればれとした言葉を生むというのは驚くべき表現力である。」「茂吉の代表作の一つとみなしていい歌である。」というのが、佐藤佐太郎の評価である。(「茂吉秀歌・上」)
一方塚本邦雄著「茂吉秀歌・つゆじも~石泉・百首」では、「箱根の歌」として計12首がまとめて紹介されている。
「さすがと言ふほどの技法でもないが、非の打ちどころのない< 自然詠 >になっている。」というのが塚本の評価。
しかし、「非の打ちどころのない< 自然詠 >」というのがいかに難しいかは、「写実派」の誰もが経験すること。その「箱根詠」を43首も揃えるのが、茂吉の実力だろう。
「月光」の幻想的な情景描写は、先に紹介した佐太郎の歌には及ばない。地方色のようなものが目立つのである。もっとも同じ明治生まれでも、一世代ほど違っていると言ってもいいくらいだし、大正期の電化が進んだ時代に青年期を送った佐太郎とでは、もともと違って当然かもしれない。
西郷信綱は齊藤茂吉を「みちのくの農の子」と言ったが、かくの如き雰囲気が、「箱根詠」の一連43首には漂っている。