・褐色の河の流のそそぐ海あはき濁りを静かにたもつ・
「地表」所収。1955年(昭和30年)作。
難解な言葉はなく読んだ通りである。しかし、ここには佐太郎特有の工夫がある。初句から二句。川の水は濁っている。理由はこの際どうでもよい。とにかく「濁っている」。
その川が海へ注ぐとき、濁りは次第に淡くなる。普通ならそこで終るが、「濁り」が静かに保たれているというのである。川の濁りはきたないが、「あはき濁り」が「静かに」たもたれていると表現することで、たちまち美しいものに転化してしまう。
岡井隆が「佐太郎さんの作品は、読んでいると< そうなるの >という驚きがある。」と言ったのは、こういうところだろう。
結句には「静かにたもつ」とある。「たもつ」の主体は海。従ってここは擬人法である。擬人法は使い方によっては、わざとらしくなるが、この場合ほとんど気にならない。
それはいま述べた「転化」があり、読者の心が揺さぶられるからだろう。これは佐太郎作品の特徴ので、その工夫が目立たないのもその特徴のひとつと言っていいだろう。
「あはき」と「静かに」は「虚語」にあたり、「川」「海」「褐色」「濁り」が実語(名詞)。この「虚と実の出入り」も一首に透明感に近い美しさを与えている。これも特徴のひとつである。