・北上の山塊に無数の襞見ゆる地表ひとしきり沈痛にして・
「地表」所収。1955年(昭和30年)作。
すでに他の記事で述べた「上空より都市を詠む」作品と同様の「機上詠」である。この時期になると佐太郎は、自らが率いる結社の支部に乞われて地方を訪ねたり地方新聞の選者をしたりと、国内での旅行詠に積極的に新境地を拓いて行った。
旅行をすると見るもの会う人、みな珍しい。珍しいから、ともすると平凡になる。固有名詞を入れると一層その危険がある。
その意味で旅行詠は難しい。作者独自の視点が必要だからである。ここに挙げた作品をもとに言うと、機上より見た北上山地を「無数の襞」と捉えたところが作者の独自の眼である。
そして下の句。「地表ひとしきり沈痛にして」は作者の感受・主観であって、佐太郎が自らの言葉を借りれば「虚」である。
佐太郎は「虚と実の出入りが歌の味わいである」と述べたが、「襞」という語と、下の句全体が「虚」である。こういう傾向はアララギ内には勿論なかった。かと言って想像で詠んでいる訳ではない。これが岡井隆のいう「象徴的写実歌」という命名の根拠であろう。
以上のような傾向は「地表」に先立つ「帰潮」によって確立されたものだが、「帰潮」の時代は著述を生業とするには経済的基盤が出来ていなかった。「地表」の時代に至って佐太郎短歌が「自在な展開」をするといってよいだろう。