岩田亨の短歌工房 -斎藤茂吉・佐藤佐太郎・尾崎左永子・短歌・日本語-

短歌・日本語・斎藤茂吉・佐藤佐太郎・尾崎左永子・社会・歴史について考える

第三歌集「剣の滴」への手紙より

2012年03月03日 23時59分59秒 | 作歌日誌
僕の自宅に毎日、葉書、手紙、郵メールが届く。その中の大部分は第三歌集「剣の滴」に関してのものだ。歌集を出すのは三回目だが、これほどの反響は初めてだ。頂いた葉書・手紙にはすべて返事を書く積りだが追いつかない。途中、形成外科で「日帰り手術」を受けたりしたので、書くのが中断した。これから書くので暫くの御猶予を。

 今回の特徴は、手紙・葉書の来るまでに間があったということだ。「あとがき」に「歌論を展開する紙数はないので、詳しくはブログを参照して頂きたい」と書いたので、このブログを読んだうえで葉書や手紙を書いてくださった、或いは歌集を詳細に読んだうえで手紙をくださった方もいらした。


:読みやすく、わかりやすい:

 この歌集は新仮名を使い、「文語7:口語3」の「混合文体」で表記した。そのためだろうか「読み易い」という反響が多かった。ギリシャ神話の登場人物などの固有名詞を控え気味にしたので、そのせいもあろう。また、文語もあまりに古風なものは避けた。何より校正の段階で「感動が読者に伝わるかどうか」を始終考えていたのでそれも原因の一つだろう。


:病気見舞い:

 表紙をめくると僕の写真がある。若葉台で短歌講座を担当していた時のもの。そのころから療養中だったのだが、療養にはいったばかりだったのと、撮影者がうまかったので、なるほど元気そうに見える。今はもう少し痩せている。首まわりが5センチ以上短くなった。


:定まった文体:

「あとがき」にも書いたが、「星座」と「運河」とでは文体も表記も意図的に変えていた。それがほとんど同じだと気づいたのは、前歌集「オリオンの剣」出版のあとにノート整理をしている時だった。しかも今度の歌集は「オリオンの剣」に収録するのを断念したのを、あらためてすくい上げたものなので、余計な肩の力がはいっていない。そこが面白いと思われたようだ。ゆっくりと静かだが重い作品が多かったという評もあった。


:作品抄:

・砂丘(すなおか)の砂は形を持たずして風あるときはかぜにしたがう・

 この一首をあげた人が多かった。これは静岡県御前崎近くの浜岡砂丘の景で、原発の防波堤として植樹・緑化される前の記憶をもとに、一首とした。少年期の記憶をもとに詠んだので、余計なものは一切捨象されている。それがかえって印象的なものになったようだ。

 逆に評価の分かれたものもあった。

・昼過ぎの地に列をなす蟻を見て不意に思えりローマの奴隷・

「蟻の列とローマの奴隷をつなげるのは安易だ」という意見と、「この連想の飛躍がほどよい」という意見と。見解がわかれた形だが、「ローマなどの歴史に思いを及ばせる、歌柄の大きさ」という評もあったので、成功例と僕は考えている。これは「角川短歌」の投稿欄で「佳作」になったもの。


:現代詩を読むようだ:

 これも複数の方から評を頂いた。文語を使っているが、目立たないようにしているので、そう感じられたのだろう。「短歌は定形の現代詩である」という目標からすれば、これはお褒めの言葉とうけとっておこうと思う。短歌だから古風な雅語を使う必要はない。佐太郎はこう言う。「雅語が必ずしも美しくないのは、言葉に生気がないからである」「口語も文語も洋語も漢語も、打って一丸となって詩になっていればよいのだ」。この意味では茂吉・佐太郎をしっかり受けとめられたと、僕は思っている。


:この先:

 宿題というか、これからの方向性を示唆する批評もあった。病気のことを直接詠んだ作品も入れたのだが、「今後はこういう作品をもっと詠んだらどうか」「出来た殻を破れ」などというもの。さあどうするか。じっくり考えようと思っている。

 まだ返事の届かない方。今必死で書いております。もう少し時間をください。





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