「斎藤茂吉と佐藤佐太郎ー20世紀の抒情詩人ー」 角川学芸出版(一部紹介)
・帯文
「つまり、ただ事実を五・七・五・七・七の定型にあてはめただけでは詩にならないし、軽い機智の類も文学たりえないということだ。では短歌を文学足らしめるものは何だろうか。色々あろうが、抒情、主題、象徴の三つは欠かせないだろう。」(本書「文学の条件」より)
・読者の皆さんへ
「本書は、斎藤茂吉と佐藤佐太郎との歌論と実作の中心的な問題を記述したものです。
当初より、書籍にする意図がなかったので、同じことを繰り返し述べています。これは、筆者が管理、運用をしているブログの記事をもとにしたためです。しかしそのために、茂吉と佐太郎の歌論と実作との『核心部分』が際立って来たと思います。
ブログは著者が実作上の課題を解決するために始めたものです。開設直後から、多くの方方々に検索して頂きましたが、パソコンをお持ちでない方からは、書籍化の要望がありました。そこで今回、著者のブログの中から、斎藤茂吉と佐藤佐太等に関する記事のしぼって、書籍化することに致しました。
本書が、斎藤茂吉と佐藤佐太郎を理解する一助となることを願ってやみません。
斎藤茂吉没後60年の夏に 著者 」
・前書きにかえて
1、今なぜ斎藤茂吉なのか
「この著作は2009年に始めた『岩田亨の短歌工房』というブログをもとに、書物に書き起こしたものである。話題の中心は斎藤茂吉と佐藤佐太郎である。幸いにも3年間に20万人を超える人が訪問し、検索されたページ数は120万ページに及ぶ。多くの人に読んで頂いたが、この二人の歌人が近現代短歌のなかで果たした役割と、占める位置を振り返ってみよう。
『斉藤茂吉なしに近代短歌は語れない。』と言われたのは、佐藤佐太郎の研究者であった故・今西幹一氏(当時、二松学舎大学学長)だった。日本歌人クラブの総会の会場のことである。『佐藤佐太郎の全作品の注解を行ってから、次は茂吉を研究する』と壇上で話していたが、それを成しとげられる前に他界された。筆者が「運河かながわサロン」で斎藤茂吉のレポートを始めた時に、『運河』誌上の記事でそのことを知って、『小生も元気なら飛び入りで参加したい。』と激励の葉書を下さった。
『たとえ師匠筋であっても<わが仏尊し>ではいけない』、と国文学会で発言されていた。高橋睦郎氏が『歌人よ短歌を読め<研究せよ>。』『研究者よ短歌を詠め<作れ>。』と講演したのは、国文学会の講演のあった二松学舎大学九段キャンパスの講堂で、これらのことはすべて2007年のことだった。茂吉と佐太郎の実作と歌論を検討するきっかけを作ってくださった今西幹一氏が亡くなったのは返す返すも残念だった。
正岡子規と伊藤左千夫にあっては、いまだ曖昧だった『写生』の概念をはっきりさせたのは斎藤茂吉と島木赤彦だった。斎藤茂吉はそれに加えてすぐれた実作も残している。この業績は否定出来ないところだろう。
斎藤茂吉は戦争中の言動の責任を問われて歌壇の第一線から退いたが、近代短歌史上での位置はゆるぎない。その茂吉が如何に戦争体制に組み込まれていったかを、政府の公文書(国家総動員法に基づく軍部の通知、マスコミよりの要請、動員の関係文書)と茂吉の日記や手帳を照合して明らかにしたいが、今はそれが出来ない。せめて手元の資料で考えてみたいと思う。」
2、今なぜ佐藤佐太郎なのか
「斎藤茂吉といえば、先ず『赤光』を思い浮かべる人が多いだろう。『白き山』も茂吉の代表歌集と言えるが、塚本邦雄が『茂吉秀歌・全5巻』のうち1巻をそのまま『赤光』に費やしていることや、芥川龍之介など文壇から注目されたという意味でも『赤光』が茂吉の代表歌集と考えて構わないと思う。『白き山』は戦後に出版されたが、『茂吉自身の戦争中の言動に対する表白』という面があるから、斎藤茂吉はいわば『戦前の人』である。
それに対して佐藤佐太郎は『戦後の人』である。戦前に出版した『歩道』で注目され、昭和初年の『新風10人』に名を連ねてはいるが、アララギから分かれて『歩道』の創刊、『帰潮』による歌風の確立、文筆家としての自立、迢空賞の受賞。みな戦後である。
文体もしかりである。佐藤佐太郎の結句には『・・・なりけり』『・・・けるかも』を使ったものがほとんどない。『けるかも』に至っては『日本語であるから使っても構わないが、現代の言葉ではない。 』とまで言っている。文語を使ってはいるが、それほど目立たない。『けり』を使った作品があるにはあるが、ごくわずかしかない。『岩波現代短歌辞典』への引用歌が最も多い理由のひとつは、佐太郎の代表歌のほとんどが戦後の作品であるからだろう。
佐太郎の歌風は『平板な写実を超えた、独自の象徴的技法が開花』(岡井隆編集<集成・昭和の短歌>)と言われる。『象徴派VS写実派』『アララギVS反アララギ』という図式が大正から昭和の前半まであったことを考えれば『象徴的技法による写実歌』というのは新機軸である。
もうひとつ佐太郎短歌の特徴を付け加えれば、佐太郎の作品には難解語がない。平易な言葉で表現されており、声調が美しい。それも実を伴った音楽性である。(内容がなくても『調べ』のいいほうをとると、内容と声調をあえて分けて言及しているのは伊藤左千夫だけである。)
筆者の所属する「運河の会」の設立の趣旨『佐太郎の純粋短歌論の進展をはかること 』と、故・今西幹一氏から教わったが、それを考えに入れなくても、佐藤佐太郎は、尚検討に値すると思う。」
3、目次(章立てのみ)
Ⅰ、斎藤茂吉の短歌 Ⅱ、佐藤佐太郎の短歌
Ⅲ、斎藤茂吉と佐藤佐太郎の歌論(永田和宏の疑問への回答)
Ⅳ斎藤茂吉あれこれ(穂村弘への問い) Ⅴ、戦争と短歌(小池光の姿勢への問い)
Ⅵ、斎藤茂吉の遺産(戦争中の茂吉の言動を負の遺産とする:秋葉四郎、三枝昂之批判)
Ⅶ、佐藤佐太郎の独自性 Ⅷ、短歌史の中の斎藤茂吉と佐藤佐太郎 Ⅸ、表記の問題
Ⅹ、斎藤茂吉論 Ⅺ、佐藤佐太郎論 Ⅻ、あとがきにかえて(ライトバースへの問いかけ)