:短歌の道しるべ:(9)
◎今月のワンポイント 12月
*佐藤佐太郎の作品から(3)都市詠*
つとめ終え帰りし部屋に火をいれてほこりの焼くるにほひ寂しも 「軽風」
表通りの石みちを壊す物音は昼すぎてより間近に聞こゆ
舗道には何も通らぬひとときが折々ありぬ硝子戸のそと 「歩道」
街川のむかうの橋にかがやきて霊柩車いま過ぎて行きたり
朝のまの時間は晴れてしづかなる光となりにぬ街路樹のうへ
地下道を人群れてゆくおのおのは夕(ゆふべ)の雪にぬれし人の香「しろたへ」
探照灯の幅ある光ひと時にほしいままのごと空に横たふ
連結を終わりし貨車はつぎつぎに伝わりてゆく連結の音 「帰潮」
舗装路のところどころにあらわれて慎ましきこの土の霜解け
踏切を貨車過ぐるとき憂いなくながき響きをわれは聞きゐし
人間はみな柔らかに歩み居るビルディング寒く舗道寒くして 「地表」
鉄のごとく沈黙したる黒き沼黒き川都市の延長のなか
平炉より鋳鍋にたぎちゐる炎火の神髄は白きかがやき
あゆみ来て水見えるときさわがしい港の音はその水にある 「群丘」
地下道を出で来つるとき所有者のなき小豆色の空のしづまり 「冬木」
おぼおぼとしたる市街の延長に林のごときビルの聚落 「形影」
街ゆけばマンホールなど不安なるものの光をいくたびも踏む 「天眼」