短歌の道しるべ(8)
*佐藤佐太郎の作品から(2)心理詠*
炭づげば木の葉けぶりてゐたりけりうら寒くして今日も暮れつる「軽風」
日曜の何するとなき部屋にゐて炭はねしときひどく驚く 「歩道」
薄明のわが意識にて聞こえ来る青杉を焚く音と思ひき
目覚めたるわれの心にきざすもの器につける塵のごとしも
火消壺に燠(おき)を収めて眠るときあきらめに似て一日(ひとひ)終わらむ
苦しみて生きつつをれば枇杷の花終わりて冬の後半となる「帰潮」
おもひきり冬の夜すがら降りし雨一夜は明けて忘れ難しも
道の上に歩みとどめし吾がからだ火の如き悔いに堪えんとしたり
今しばし麦うごかしてゐる風を追憶を吹く風とおもひし
雲間よりかりそめに光来るごとくためらひながら生きてゐる吾
明けくれの貧しき吾と思ふなり人参の花ここにも咲きて
街上のしづかに寒き夜の靄われはますしき酒徒にてあらむ
さわがしき中に酒を飲む悦楽のたとへば貝にこもる潮音「地表」
秋彼岸すぎて今日ふる寒き雨直ぐなる雨は芝生に沈む
砂糖煮る悲劇のごとき匂ひしてひとつの部落われは過ぎゆく「群丘」
みるかぎり起伏をもちて善悪の彼方の砂漠ゆふぐれてゆく「冬木」
憂ひなくわが日々はあれ紅梅の花すぎてよりふたたび冬木
☆心理詠とは人間の感情を直接詠いこんだものです。しかし、心には形がありません。そこで、目に見える「もの」に託すなど工夫をしています。☆