・焼けあとに迫りしげれる草むらにきのふもけふも雨は降りつつ・
「ともしび」所収。1925年(大正14年)作。
ヨーロッパより帰った茂吉を待ち構えていたのは、全焼した病院。火災保険が切れていて、再建への道は険しかった。茂吉は火事の焼け跡に立つ歌を「ともしび」のなかにかなり収録しているが、連作ではなく諸所に見られる。それだけ生活のなかで火災のことを考える日が多かったということだろう。
作者は「焼けあと」に立っている。そこに迫りくるように草がおいしげり、「昨日も今日も」雨が降っている。家は全焼したが、それとはかかわりなく草はしげる。「あら草」の逞しさだ。それに比べて人間は・・・といった心情がひしひしと伝わってくる。特に下の句が切々としているとともに、巧みである。
「ともしび」は「つゆじも」「遠遊」「遍歴」とともに作歌から歌集出版までかなりの時間があり、終戦直後にバタバタと出版されたもの。だが茂吉自身が「日記の域から脱」した(「ともしび」後記)と言う通り、茂吉らしさが戻ってきている。
この作品は、佐藤佐太郎「茂吉秀歌・上」・長沢一作「斎藤茂吉の秀歌」・塚本邦雄「茂吉秀歌・< つゆじも >から< 石泉 >百首」のどれにもとりあげられていない。(塚本邦雄は作品の紹介のみ)いわば地味な作品の部類にはいるが、静かななかに、情感をたっぷりと湛えているようなところがある。もう少し評価されてもいいのではないかと、僕は思っている。