・権力の前にわれらは非力なれど無力にあらずと署名に応ず
『聲の力』所収
この作品は角川書店から刊行した第四歌集に収録。社会詠を巡って様々な議論がされてきた。社会詠を時事詠として短歌の素材から除く歌人もいる。だが僕は佐藤佐太郎の「純粋短歌」のなかにある次の一節を忘れられない。
「短歌が現代の複雑な思想・感情を盛り得ないように言うのは完全な見方ではない。思想や感情を盛り難いという事は言えるけれども、不可能なことではない。現代の優れた歌人はそれを実行している。」
「(それが不可能のようにいうのは『詩』を胸で受け取ることの出来ない批評家か非力で怠惰な歌人である。)」
()の中は「純粋短歌」が再販されるときにカットされた。理由はわからない。だが第二芸術論に晒された時期に、佐太郎はこう書いたのだ。佐太郎門下でも長澤一作は社会詠を残している。
それで僕は短歌を本格的に始めたとき『短歌』に社会詠を投稿した。おおよそ200首くらい詠んで、『短歌』で特選、入選、秀逸になったのは20首ほど。説明になってしまうのだ。今度の歌集では社会詠の実験作をかなり収録した。
さて署名のこと。「署名で成功した例がありますか」と尋ねられたことがある。街頭署名に立っているときだ。署名を集めても願いが実現しないことが多い。だから「われらは非力」なのだ。だが無駄ではない。社会の関心を惹きつけ選挙の争点に出来る。消費税のときがそうだった。全国の署名活動の結果、参議院議員選挙の争点となり、自民党が敗北した。参議院で「消費税廃止法案」が可決された。衆議院で否決されたため消費税は廃止されなかった。だが国民的な大論争が起こった。
署名の内容が実現あるいは社会に変化をもたらした場合もある。3つほど例をあげよう。
1、核兵器禁止の署名(ビキニ事件の直後)
日本で空前の署名運動が起こった。2000万を越える署名が集まった。核兵器はいまだに廃絶できていない。だがこれを機に「原水爆禁止日本協議会」が結成され、「原水爆禁止世界大会」がひらかれるようになった。(その後紆余曲折があって運動が分裂した。)だがこのことは戦後社会に隠れていた被爆者が社会的なメッセージを発するようになった。今では核保有国を除けば、核兵器禁止が世界の多数派だ。
2、対人地雷禁止の署名
20世紀の終わりにアメリカの一女性が「対人地雷禁止」の署名活動を始めた。これが短期間に世界へ広がって「対人地雷禁止条約」が締結された。対人地雷が非人道的だという国際世論が湧きあがったのだ。署名要求が完全に達成された。
3、イラク戦争反対署名
アメリカがイラク戦争を開始するときの署名活動。アメリカとイギリスがこの戦争でイラクを攻撃した。日本も後方支援をアメリカから依頼された。国内で反対の声があがった。この署名でイラク戦争と自衛隊の海外派兵は阻止できなかった。しかし開戦を半年遅らせることが出来た。
こういう例がある。署名活動は砂浜で砂金を拾う様な活動だが社会に多大な影響をあたえる。