『聲の力』出版始末記 『運河』399号より
『聲の力』は私の第四歌集である。毎月一回の「詩人の聲」(天童大人プロデュース)の公演にかけて練り上げた作品四百首を収めた。
・聲を撃つ夜の地下室の空間に響きよ無限の世界へ届け
この一首で始まる連作は、写実というより観念的なものだが。金沢の梶井重雄先生からお褒めのお電話を頂いた。(斉藤茂吉の直接の薫陶をうけた「運河」の顧問)又、ネット上の「詩客」の評論でも高い評価だった。
・しみじみと/わが原罪を浄化する/太陽の風 月よりの波
「祈り」の一連は、生存中の母の死の虚構を詠み込んだ。これは加藤治郎と大辻隆弘のフェイスブック上の論争に応えたもので、象徴詩の技法を採用した。番外編と考えて頂いてよい。
・理不尽なこと多くある世にありてたった一度の意思表示せん
東京新聞が「2015年安保」と呼んだ安全保障関連法への反対運動。これを素材とした「議事堂周辺」の7首の連作。これはプロレタリア短歌の系譜を引く歌人からの評価が高かった。また「詩客」の評論では「政治と文学」という古くて新しいテーマの批評上の大問題を瓦解させたと評された。
「島の娘」と「マタギの爺」は物語詩の試みである。とはいえ実在の人物を詠んだもので作り物語ではない。
・囲炉裏火の燠の光れる小屋のなかマタギの爺が静かに話す
今回は歌人より詩人からの反響が大きかった。詩人は短歌が読みにくいとのことだ。その分だけ丁寧に読んで頂けたようだった。簡潔な作風、深みのある作品と批評された。
歌人からの手紙は10首抄などが多かったが、詩人からの手紙は歌集の中見出しを著すものが多く、結果的に評価する作品が多く、一連の作品を一篇の詩として把握しているようだった。
・命ある者の選択できぬとぞ思わざりしや神ならぬノア
・カフェラテの泡の消えゆくさまを見るわが煩悩もかくのごとくか
・立ち枯れのメタセコイアの幾本が激しくゆいれる風の吹く街
・夕暮れに風受けるともゆるがざる楡の古木の葉がやわらかし
などを冒頭の一首としている一連の評判がよかった。
連作という形をとりながら一篇の定型詩とする試みは、「現代詩としては違和感がある」「テーマが古い」といった批評が寄せられた。歌人からの手紙の中の「新しい試みは好感がもてる」という批評とは好対照だった。
連作の「マタギの爺」に関しては、北海道在住の詩人が高い評価をしてくれた。
「島の娘」については、一首の独立性を保持して短歌の連作とした方がよかっただろう。原作は短歌7首の連作なので、いずれ発表しようと思う。
肉聲を放ちながら練り上げたことについては、詩人には好評であり、歌人には思わぬ発見であったようだ。
幸いに商業出版が決まった。故長澤一作先生や故川島喜代詩先生に少しは恩返し出来たように思う。
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