ワニなつノート

子どものセンサー(その3)

子どものセンサー(その3)


『喪の途上にて』から、つづきです。

    □     □     □

Bさん 
13歳と9歳の男の子

電話に出た長男が、「パパ帰ってないよ。
今、テレビで飛行機が落ちたといっている。
パパ乗ってないよね」という。


…それから頭の中が真っ白になって、
彼女は後のことを覚えていない。
息が苦しく、手や足の先からしびれていった。

店のアルバイト学生が、倒れていたBさんを見つけて、
救急車をよび病院に運んだ。


…中学一年生の息子が、
「ママは無理、僕が行くから寝ていろ」と主張した。
結局、主人の兄弟に加えて、
上の息子が現地に行ってくれることになった。

小さな子にリュックを背負って行かせるのが、
不憫でたまらなかった。

…夫の遺体が確認されたのは十四日の夜だった。
(13歳の少年が遺体確認に行ったことを思うと、
「事故二日後の十四日の夜」ときいてほっとした。)


…山積みの仕事は彼女を立ち直らせるのに役だったが、
ちょうどその頃、今まで隠されていた息子の感情が爆発する。

長男は現地から戻った時には、しっかりしていた。
しかし正月すぎから半年、荒れていた。
「おもしろくない」が口癖で、珍しく弟に喧嘩を仕掛けたり、
物をなげつけたりするようになった。
学校で大喧嘩もしてきた。成績も急に下がってしまった。
担任の先生からは、「学校を辞めて、公立の学校に変わりたい
と言っている」と聞かされた。

長男に聞くと、
「周りの人が皆、『僕がしっかりしないと』とか、
『お母さんのこと頼むね』とか、
『せめて大学生になったらね』とかいう。
僕が望んで小さいわけではない」と反発していた。

子供なりに我慢をし、
私の気付かない重荷を感じていたのだろう。

下の子はお父さん子で、主人が帰ると抱きついていた。
寝るのも主人と一緒だった。
ずっと気持ちが不安定だった。
私がイライラしていると、「パパはやさしかった。
怒られたことがない」と言いながら、ワーッと泣き出してしまう。

通信簿にも「親御さんの愛情が足りない」と書いてあったりした。


困った彼女は、叔父に相談する。
叔父は、まだ小さい息子たちを、この際、
大人あつかいしてはどうか、と彼女に教えたのだった。

そこで彼女は、日航からの補償額、店のこと、
将来の生活設計、すべて息子に見せて説明した。

「それがよかったと思う」と彼女は振り返って、答えている。

・・・

Bさんは…事故の後、経済的に家族を保証していく
父親の役割に一気に移行し、
それによって喪を乗り越えようとしたのだった。

そこでは子供は一方的に保護され、
大学生になるまで成長させられる対象にされてしまっている。

子供たちはそれを拒み、母親は母親のままであってほしい、
父親の空白は母も子も一緒に荷わしてほしい、
と訴えたのであった。

Bさんの子供たちは、母親が勝手に頑張る理由に
自分たちをされたくないと反抗している。

子供たちにとってもまた、父親の死は、
経済的、社会的な問題である以前に、
心のなかに受容していかねばならない課題であった。



『喪の途上にて』野田正彰 岩波書店 1992年

     □    □    □


この本に書かれてあることや、残された人たちの苦しみについて、
わたしはことばを持ってはいません。
この本に書かれてあることを、書かれてあるままに、
何度も読み、私自身、自分がかかわる子どもの気持ちに
ずうずうしくならないようにと思います。


そのうえで、わたしが出会う子どもにひきよせて考える為に、
最後の文章を、少しだけ自分のこころのなかで
「読み替えている部分」を文字にしてみます。


《…「子どもの教育」を保証していく役割に傾き、
それによって「障害」を乗り越えようとするとき…。
そこでは子どもは一方的に保護され、
発達・成長させられる対象にされてしまっている。

子供たちはそれを拒み、母親は母親のままであってほしい、
自分が障害のゆえに苦労すること傷つく場面があったとしても、
それをこそ一緒に荷ってほしい、と願うのではないだろうか。

子供たちは、母親が勝手に頑張る理由に
自分たちをされたくないと反抗する。

子供たちにとって、「障害」は、
経済的、社会的な問題である以前に、
心のなかに受容していかねばならない課題である…と》



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