「寄る辺なさ」(helplessness)
【3・11以降、大震災と原発事故は、
膨大な数の人びとに、
いくつもの層のよるべなき状態をもらしている。
帰るべき家、帰るべき職、
帰るべき故郷を失った人たちのよるべなさ。
帰るべき家も土地も職場も田畑も海もあるのに
そこから遠ざけられている人たち、
そのようにして生きられる環境を奪われた人たちのよるべなさ。】
【…親を失った子どもたち、子を失った親たち、
きょうだいを失ったきょうだいたち、
…こういった人たちのかかえるよるべなさ。】
(『家族という意思』芹沢俊介 岩波新書)
◇
上記のような心の状態を「よるべなさ」と言うのであれば、
「帰るべきクラス、帰るべき学校、
三十人のクラスメートを失う子どもの心の状態もまた、「よるべなさ」といえるでしょう。
「帰るべきクラスも学校も地域にあり、友だちもそこにいるのに、そこから遠ざけれていく子どもたち、そのようにして生きられる環境を奪われた子どもたちのよるべなさ」
私が子どものころに感じた「自分は、何か、取り返しのつかないことをしてしまった」という思いは、「寄る辺なさ」という言葉につながっていたのだと、いまになって分かります。
◇
声が聞こえる。
「まだ、間に合うかなぁ」
あのとき、コータは、私の中の「取り返しのつかないことをしてしまった子ども」に話かかけていたのだと、ふと思う。
「さとうも、おれみたいだった?」
「…そうだな~。似たようなもんかなぁ」
「おれもいい人になれるかな」
「……」
「…まだ、間に合うかな」
「…なに言ってんだか、まだ5年生のくせに」
いま思う。
あのとき、コータが話しかけていたのは、
私のなかの「8歳の子ども」だったのかもしれない。
8歳と10歳のクソガキが二人で、
「まだ間に合うかなぁ」と話し合っていた。
何が間に合うのか、
何に間に合うのか、
「間に合わない」ときにはどうなってしまうのか、
それが分からない二人を「寄る辺なさ」というのだった
どうすれば間に合うのか、
何をすれば間に合うのか、
先のことは分からないけれど、
二人ともに必死で「間に合いますように」と願っていた。
◇
「まだひらがなもよめないし、かずもかぞえられないけど、まだまにあうかなあ」
「じっとしてることも、しずかにしてるのもにがてだけど、まだまにあうかなぁ」
「車椅子がないとうごけないし、ごはんもひとりじゃたべられないけど、まだまにあうかなぁ」
子どもの寄る辺なさを考えていると、そんな言葉が聞こえてくる。
子どもたちのいう「まだ間に合うかな」は、親が心配する「ついていけるか?」という言葉につながる。
「まだ間に合うかなぁ」
「この子は、みんなについていけるかしら?」
◇
「まだ間に合うかなぁ」
「間に合わない子なんか、いないよ。
だって、きみは、もう、ここにいるじゃないか」
「この子は、みんなについていけるかしら?」
「ついていけるかって?
おかしなことを聞くんだね。
ここは、ついていけない子を置いていくところじゃないよ。
みんなをつれていくんだよ。
誰も捨てない。誰も忘れない。誰もおいていかないよ」
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