《では、私はなぜ一緒がいいと信じているのか?》②
「この子は、このまま普通学級にいてもいい子かどうか…、調べてみよう」
私の人生は、あそこで変わった。
誰のせい?
私?
私のせい?
私が先生のいうことを聞かなかったから…。
私が悪い子だったから…。
子どものあいだ、そう思い続けた。
そう思い続けた記憶が、いまの私を支える。
私は間違っていた。
あれは、私のせいではなかった。
私の性格や能力のせいなんかではなく、私を仲間と認めない先生のせいだった。
馴染み親しんだ私の居場所を奪おうとした大人のせいだった。
そのことを、子どもの私に、だれも教えてくれなかった。
あなたのせいじゃない。
いま・ここに・いるあなたを、認められない大人のせいだと。
◇
《この子の居場所を守るとは…》
あのとき、私が必死で願ったのは、自分の世界そのものである家族と友だちのいる自分の居場所。
そのために必要だったのは、能力や学力ではなかった。
私を私のままで受けとめて、認めてくれて、一緒にいてくれる人。
この子の居場所を守る、とは、
この子のチカラを伸ばしてあげる、ではない。
この子がありのままで、ここにいる今を譲らないこと。
どの学校を選ぶか、ではなく、
子どもを分ける選択肢を、選ばないこと。
◇
ヴァルネラビリティという言葉がある。
(vulnerability)
【自分の傷ついた部分に根ざす能力が、追いつめられた状況で力をあらわす。
自覚された自分の弱み(ヴァルネラビリティ)にうらうちされた力が、自分にとってたよりにできるものである。
正しさの上に正しさをつみあげるという仕方で、ひとはどのように成長できるだろうか。
生まれて育ってくるあいだに、自分のうけた傷、自分のおかしたまちがいが、私にとってはこれまで自分の道をきりひらく力になってきた。】
『教育再定義への試み」鶴見俊輔 岩波書店
《では、私はなぜ一緒がいいと信じているのか?》の答えのひとつが、この文章に書かれていると感じる。
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