ワニなつノート

植えつけられた怖れの話



植えつけられた怖れの話





12歳の年のことで、覚えていること。

上野にパンダがやって来た。

田中角栄が総理大臣になった。(私が新潟生まれだから)

札幌オリンピックのジャンプで金銀銅メダルを独占。(それで私はジャンプを始めた)

沖縄が日本に返還された、のはあまり覚えていない。

その年のレコード大賞。「喝采」は今でも歌える(=゚ω゚)ノ

子どものころ、私はどんな怖れを植えつけられてきたのだろう?

どんなふうに植えつけられてきたのだろう?



私が12歳のころ、この国ではある作戦が進んでいた。



《行政が母親に障害への怖れを植えつける作戦》


(作戦1)《生まれてからでは遅すぎる》

(作戦2)《あなたのために》

(作戦3)《朝日新聞とNHK》

(作戦4)《しあわせを求めて》


「あなたのため」に、「早期」に、「しあわせ」を。あれ? 特殊教育の話もこれと同じキーワードだ。

でも、それはまた別の話。

「作戦」に戻る。


(作戦1)《生まれてからでは遅すぎる》

ある県の衛生部長のおじさんが、考えた。

「乳幼児の死亡は減少した。しかし異常児の出生は減らない。むしろ文化や生活の向上とともに増加する傾向さえ見られる(サリドマイド事件)。従来は新生児乳児の時期に死亡していたのが、医学の進歩によって助けられ、不幸な一生を生きねばならない場合も増えた。」

部長として、なんとかしなくちゃ。

「異常児が増加すれば、民族の将来にとっても由々しい問題。人間の質が低下するので、民族はもちろん、人類の危機を招く。……人類に対する責任意識を持たせる必要がある」。
うーん、どうしよう。そうだ、教育が必要だ。


《不幸な子ども》という作戦が効果的だな!!


「不幸な子供の生れない運動は、全ての母親が妊娠すると異常児への恐怖を持ち「五体満足」を本能的に祈念するだけに、指導が受け入れやすい」

つまり、怖れを植えつけやすい、ということだ。

「不幸な子ども」を怖れてくれれば、あとは産まないようにがんばるに違いない。

目指せ! 不幸な子どもが一人もいない世界。


(よその国でも同じことを考えるおじさんがいる。アイスランドという国は、ダウン症の子どもが一人もいない世界を、作った。)



(作戦2)《あなたのために》


私が12歳のときに、そのパンフレットは作られました。

「妊婦用パンフレット」なので、私が目にすることはなかったでしょう。


でも、大人の世界に満ち溢れている「怖れ」を、子どもは全身で感じ、学びとります。

大人たちが「怖れ」ているものは、子どもにとっても怖ろしいものです。

ましてそれが、一度も見たことも出会ったこともない「者」であれば、なおさら。


私は子どものころ、水俣病の胎児患者やサリドマイド被害者のことを伝えるニュースから、大人の「怖れ」を受け取っていたような気がします。



《あなたのために》

「このような子供が生まれるか、生まれないかは、妊娠している母親のお腹から羊水をとって調べることができるようになりました。これを《胎児診断》と呼んでいます」


ただパンフレットをつくるだけじゃ、足りない。
胎児診断の受診費用は2万5千円もするのだ。

当時の大学初任給が約5万円。
ただの検査に、ふつうの親が出す金額ではない。



そこで衛生部長のおじさんは思いついた。

よし、「県が半額負担してあげよう!」

「税金だろ」とは誰も突っ込まなかったらしい。


それどころか、

(作戦3)《朝日新聞とNHK》


私が12歳の年の子どもの日。

朝日新聞に次の記事が載る。


「胎児をチェック先天異常児生まぬ検診 兵庫県が費用負担へ」

「これが軌道に乗れば、250人にひとりの割合で生まれてくる、という先天異常児をなくすことができる、と同県では言っている」
(1972年5月5日の朝日新聞)



NHKはドキュメンタリー「70年代われらの世界」で「生命の制御~その科学と倫理」を放送。


「生きている者の幸福をつかむために、胎児の生命というものを捧げることも許されていいんじゃないか



この社会の中で、12歳の子どもは、「不幸な子ども」を怖れないでいられるだろうか。


いや私は、自分がその「不幸な子ども」であるかもしれないことを、怖れていた。(これも、また別の話。)



(作戦4)《しあわせを求めて》


衛生部長のおじさんは思った。

「部長」じゃ、インパクト弱いな。やっぱ知事だ。

知事に立派な詩でも書いてもらおう。



《しあわせを求めて》


ひとりで 食べることも

歩くこともできない

しあわせうすい子どもが

さみしく 毎日を送っています

「不幸な子どもだけは生まれないでほしい」

母親の素ぼくな祈り

それはしあわせを求める

みんなの願いでもあるのです

あすの明るい暮らしを創造するために

「不幸な子どもの生まれない施策」を

みんなで真剣に

進めて参りましょう

(兵庫県知事 金井元彦)
    

    ■


私が12歳のころ、この国の大人たちが考えた「怖れを植えつける作戦」。

あやうく、私もだまされるところだった。

そして、21世紀の今も、その作戦の続きが進行中。



        ◇


以上は、『いのちを選ぶ社会』坂井律子(NHK出版2013年)の資料を基に、「12歳の私からみた大人の世界」を、「こんなんだったんだろうなぁ」と想像したものです。


兵庫県衛生部が1972年に編纂した「不幸な子どもの生まれない施策 通ちょう集」というものからの引用らしいです。詳しくは『いのちを選ぶ社会』をご覧ください。
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