アンダンテ ~私の歩幅で~

季節のこと、音楽のこと、誕生日シリーズなど

ゲネプロ

2006年01月22日 | ピアノ全般
先日、音楽の知識豊かな友人に、
リハーサルもどきの話をしたところ、
「ゲネプロね」と言われました。

ゲネプロ?

私の話した内容を表す言葉であることは間違いないのですが、
私には馴染みのない単語でした。

調べてみたところ・・
「ゲネプロ(GP)」=本番同様の舞台稽古のこと。

どうやら日本だけで使われている造語らしいです。
ドイツ語の「General(総合)」と「Probe(稽古)」
を一緒にしたようですね。

雰囲気的には、お芝居の舞台の最終調整という感じですが、
音楽その他を含む舞台上で演じられるもの全般において
使われている言葉のようです。

私の辞書に、言葉がひとつ増えました♪

指立て伏せ

2006年01月21日 | ピアノ全般
指がしっかりしていないと、
ピアノも良い音を出してくれません。
なので、指を鍛える必要が出てきます。

実際にピアノを弾くこともですが、
それ以外でも、生活の中のちょっとした時間の合間に、
指を鍛える小さな工夫をしています。

そのうちのひとつが「指立て伏せ」です。
指だけでからだ全体を支える腕立て伏せではありません。
手指のための、手指だけで行う指立て伏せです。
(考えようによっては、腕から指先までになりますね。)

① 平らなテーブルや机などの上に、手を広げて
  手のひらを下にして平たく置きます。
② 指のつけ根部分を閉じるようにしながら、指先で手を支えます。
  (ピアノを弾くときの手の形に近くなります。)
③ ①と②を繰り返します。
④ 要領がわかったら、今度は指1本ずつで行います。
  (手の形はそのままで、手を支える指が1本です。)
⑤ ④に慣れたら、今度は指から指へと重心を移します。
⑥ 余裕があれば、ピアノの鍵盤の上で⑤をやってみます。

旅先や夜中でもできるので、
ピアノが弾けなかった日の私のレッスンです。

その他にも、指の運動方法はいろいろあると思います。
自分なりの小さなメニューを作っておくと良さそうですね。

塵も積もれば山となる・・・です。
小さな努力の積み重ねは、やがて大きなものになるはず。
何よりも、自分が努力したことは、
他ならぬ自分のものになるのですから。

私は土管

2006年01月20日 | 
と言っても、体型ではありません。

歌を歌うとき、太い土管をイメージすると、
不必要な力が入りにくくなります。
それに、息もたくさん吸うことができます。

歌にしても、ピアノにしても、
最初のきっかけとして、
イメージが大切であると、
つくづく思う今日この頃。。。

ため息効果

2006年01月19日 | 雑記
私の歌の先生は、
一通り説明したり、何かお話したりした直後、
文章の終わりに句点を打つように、
必ず「ため息」をつきます。
それも、わざと、かなり大げさに。

それにつられて、見ていた私たちまで、
自然とからだの力が抜けて、顔は笑顔になります。

これで緊張がほぐれると同時に、
からだの筋肉も適度にゆるみますし、
そして、顔は「良い顔」になります。

呼吸は凄いですね。
呼吸の仕方ひとつで、からだの状態が変わります。

人間て、自分のからだには
意外と不必要な力を入れているものなのです。
それを長時間持続していると、疲れます。

スタート地点では、息を吸い込む。
そして、途中は、力を入れ過ぎず。
(力を入れ過ぎると、呼吸を止めていることも…。)
区切りでは、息を吐ききり、必要な脱力もする。

このような呼吸は、歌やピアノはもちろんですが、
日常生活のいろいろなシーンにも適用できそうです。

普段は無意識にしている呼吸ですが、
ちょっと意識するだけで、
思わぬ発見や効果がありそうです。

息をたくさん吸うためにも、
まずは、思いっきり、
ため息をついてみてください。

「フォルテ」と「フォルティッシモ」

2006年01月18日 | ピアノ全般
ピアノで大きな音を出すこと、実は、私、苦手です。

しっかりした音を弾かなくてはならないような時でも、
内心「この音でいいのかな?」とか、
「この程度の音量でいいのかな?」
等々、キータッチの加減に自信のない私は、
迷いのあるピアノの音を出してしまいます。
確信を持てずに出す音は、やや中途半端な音になります。

そのようなこともあり、今まで練習してきた曲の多くは、
「f」がほとんどなかったと思います。

それが今は、出だしから「f」です。
幸い、この曲では「f」を出すことに全く抵抗がありません。

ここで、また新たな問題が発生しました。
「f」=「強く」
ということで、思いっきり音を出してしまうと、
それはもう「f(フォルテ)」ではなくなりそうです。
もしかしたら、「ff(フォルティッシモ)」かも…。

実際の響きとしては、どちらであるのか不明ですが、
弾いている私自身は「もうこれ以上出せません」という状態です。
なので、その音は「ff」もしくは「fff」になりそうです。

「f」なのですから、余力を残しておくべきでしょう。
その楽曲の強弱標語で一番強いのが「f」であるとしても、です。

では、どうしたら、その「余力」を残して
「f」を出すことができるのでしょうか?

「f」を出す時の気持ちとして、
「鍵盤を通り抜けるくらい」という表現があります。

そうすると、「ff」は床を通り抜けて地面に達し、
さらに「fff」は地面を通り抜けて地球の裏側まで、
ということになるのでしょうか?

精一杯の「f」ではなく、まだ先のある「f」。
テクニックは目一杯でも、
せめて気持ちだけは余裕を持って音を出したいと、
ようやく思えるようになりました。

気持ちは音に出るはず。
そう信じて、ピアノを弾いています。

小さい春

2006年01月17日 | 雑記
今日はお華でした。

お師匠さんはお友達ですし、
習っている人も皆お友達ということで、
お華のお稽古とお茶会が一緒になったようなカンジです。
でも、生けているときは、基本的に静かです。

本日の花材は・・
  白 梅
  チューリップ
  スプレーマム
でした。

ほんのり春色の「小さい春」。
心が和みます。

お花を生けているときというのは、
特に意識しなくても、自然と雑念がなくなり、
花材と水盤と空間がすべての世界になります。
このひとときが、私は大好きです。



友人宅へ行く途中、2回ほど、
私の鼻をくすぐる、ほんのりした香りに出会いました。
何の香りだろうと道路脇のお宅のお庭などを見たのですが、
何が香っているのか? どこから漂ってきているのか?
よくわかりませんでした。

ただひとつ、わかったことは、
それが春の香りであるということです。



春の香りに、春の花。
わが家の食卓にも「菜の花の辛子和え」という
小さな春を加えてみました。

富士山に雪がない!?

2006年01月16日 | 雑記
この冬は、いつになく厳寒で、
連日のように各地から大雪の被害が伝えられています。

道路が寸断されて孤立している地域があったり…。
何よりも、雪かきや雪下ろしに携わっている最中に、
高いところから滑り落ちたり、雪に埋まってしまったりして、
亡くなった人の数は今日で100人を超えました。
言葉もありません…。

しかし、それは日本海側のみのこと。
こちら太平洋側では、雪も雨もあまり降っていません。
12月の降水量は非常に少ないのです。

そして、何と、あの富士山が、
雪化粧していないのです!!

地元では、「富士山が温まっている」というウワサも…。
(このウワサについては、心配しなくても大丈夫のようです。)

山中湖が22年ぶりに全面凍結するなど、
周辺の湖は、軒並み凍結しているのですが、
それは気温の低さ故のこと。

この時期、富士山に雪がないとなると、その影響は?

私が一番に心配したのは・・・
富士山の雪解け水が少ないわけですから、
夏に向けて水不足にはならないのだろうか?
・・・ということです。

富士山周辺の土地の豊かさは、
富士山がもたらしてくれる恩恵がたくさんあります。
その恩恵のひとつである雪解け水が、
今年は不足するかも!?

これは、ある意味、非常事態なのでは?
などと、ひとりで心配しています。

棚ぼたリハーサル

2006年01月15日 | ピアノ全般
朝起きると、昨夜の雨がウソのように
空は雲ひとつなく晴れ渡っていました。
その上、寒さを感じることのない、あたたかな朝。

今日は、ホールで歌の練習でした。
2月の発表会と同じ会場で、リハーサルも兼ねてです。

偶然ですが、ピアノも全く同じ会場なのです。
そこで、図々しくも歌の先生にうかがってみたところ、
朝一番ならば、会場設営や照明の打ち合わせのため、
グランドピアノが空いているとのこと。

1曲は、まだ情けない状態で恥ずかしかったのですが、
この機会を逃すと、そのままピアノの本番に突入してしまうので、
恥をかなぐり捨ててピアノを弾くことにしました。

ほぼ1日留守にするということで、朝は慌ただしかったです。
地元ではないので、電車に乗る等アクセスにも時間が必要ですしね。

先生のご予定に合わせて、私も朝一番にホールへ到着。

なんと、なんと、1時間近くも、
ステージの上の大きなグランドピアノで、
私は練習することができました!!

ピアノの感触がわかり、ちょっと安心しました。
あとは当日の雰囲気に左右されないで、
ピアノと一緒に歌うことができればいいなぁ・・と思います。

その前に、かなりのラストスパートが必要ですが…。(滝汗)

午後からは歌のリハーサル。
当日の入場や退場の仕方等と合唱の練習で、
アッという間に夕方になりました。

歌も、本番前にもう一度練習があります。
こちらは合唱ということで、ひとりではないので、
何かと心強いところがあります。
歌に関しては、今のところ心配はありません。

心配があるとしたら、
風邪、インフルエンザ等で体調を崩さないように、
気を付けるということだけです。

朝から夕方まで、ほぼ丸一日、
私自身の音楽一色で過ごした日曜日。
とっても久しぶりのことで、
何とも言えない開放感を覚えました。

ピアノも歌も、ステキな本番になるように、
明日から少しずつ仕上げに向けて頑張りましょう♪

シアワセだなぁ~♪

言葉の効力

2006年01月14日 | ことば
メーラビアン(アメリカの心理学者)によると、
目の前にいる自分の話し相手が、
どのような人物であるのかを判断する場合の
情報源としての注目度は、

  顔 = 55%
  音声 = 38%
  言葉 = 7%

だそうです。

面と向かって話している場合、
言葉の果たす役割が、わずか7%に過ぎないというのには、
とても驚きました。

顔や表情に注目するのは、よくわかります。
しかし、会話の内容よりも、声に重点が置かれるとはね。

確かに、電話で話しているときは、顔が見えないにもかかわらず、
何となく、相手の様子がわかるように感じるのは、
声の果たす役割が大きいからなのかもしれません。

では、言葉だけ、それも文字による言葉だけで成り立っている
ネットコミュニケーションは、どうなのでしょう?

情報源は、ディスプレイ上の文字のみです。

そのような状況において、どの程度、
書き手の意図することが、読み手に伝わるのでしょう?
どの程度、相手に伝えることができるのでしょう?
どの程度、きちんと読み取ることができるのでしょう?

ネット上の場合、一方的な情報伝達や情報入手も多いでしょう。
一過性のやりとりも多いでしょう。

多少でも双方向であるならば、どのような場合においても、
人間対人間の在り方だと、私は思います。
人間間におけるコミュニケーションの質によりけりで、
その理解度は、随分と異なってくるように思います。

意気投合

2006年01月13日 | 雑記
今日は用事があり、外出していました。

電車を2回乗り換えて、その後、
徒歩+電車+バスのところをタクシーしました。
金額にして千円くらいの距離です。

タクシーの運転手さんの一言から会話がはじまり、
目的地に到着するまでの間、ずっとお話が弾んでいました。

話題の中心は、国のお金の使い方や東京都のやり方です。(笑)

教育面では、学校の現場とお役所の労働基準を
同じにするべきではない(←私の意見)、等々。

自衛隊派遣問題(?)。

都立病院の在り方、等々。

私も思わず熱く語ってしまいました。(笑)

わずか10分程度でしたが、
とても楽しく過ごすことができました。

たまには、こういうのもイイもんだ~♪