憂生’s/白蛇

あれやこれやと・・・

―理周 ― 1 白蛇抄第12話

2022-09-04 12:44:05 | ―理周 ―   白蛇抄第12話
笙をよくする。ひちりきも横笛にもひいでていた。理周の住まいは寺の敷地の端の小さな小屋である。本来、寺男なるものが住まいする小屋に女性(にょしょう)である理周はくらしていた。理周が洸円寺の外れに住まうようになったのは、理周の性が女として機能しだした頃からである。理周を育ててくれた洸円寺の和尚艘謁も、理周の女の機能の発祥は当然くるものとして、判っていたことであった。が、寺の中には男ばかりがうようよして . . . 本文を読む

―理周 ― 2 白蛇抄第12話

2022-09-04 12:43:47 | ―理周 ―   白蛇抄第12話
寺の隅の小屋に、どんな人がおるのかも知らぬ。寺とは縁もゆかりもないのか、小屋をかりうけてすまわせてもろうているだけか、よく判らぬ女がいる。よく判らぬのは、ことさら、女が笙をよくするせいである。朝早くから雅な御召しを着込んだむかえがやってくる。それっきり、女はおらぬようになるのである。境内を掃き清めていたこ坊主が、出かける理周にきがつくと、庭帚を動かす手をとめた。ぼんやり突っ立ったまま、門にきえてゆ . . . 本文を読む

―理周 ― 3 白蛇抄第12話

2022-09-04 12:43:27 | ―理周 ―   白蛇抄第12話
晃鞍が十三の歳であったろうと思う。寺の門の前に行き倒れの女が仰臥した。小さな手が門を叩き、幾度と僧を呼ばわる幼い少女の声が響いた。でてみれば、息絶え絶えの女がへたりこんでいる。晃鞍は慌てて父親を呼びに堂に入った。寸刻のちに、女は担ぎこまれた布団の中で息をひきとったのである。母親の枕元に座る少女は泣き声も上げなかった。身体の弱かった母親が、いつか逝く。覚悟がついていた。何度かこんな覚悟が現実になるか . . . 本文を読む

―理周 ― 4 白蛇抄第12話

2022-09-04 12:43:06 | ―理周 ―   白蛇抄第12話
ところが、三年もたったころであろうか。理周は相変わらず、母堂にすまいしていたのであるが、突然、居をうつされた。すくなくとも、晃鞍にはそう見えた。「理周・・・こわくはないか?」寺の隅に住まい、理周は一人で煮炊きをして、一人で飯をくうた。米や野菜をはこびこんでやると、必ず晃鞍はそう尋ねた。夜のしじまはひとりではこわかろう?なんで、父艘謁が理周をこんな寂しい所に一人すまわせるか、わからない。「理周がおな . . . 本文を読む

―理周 ― 5 白蛇抄第12話

2022-09-04 12:42:47 | ―理周 ―   白蛇抄第12話
「理周?」晃鞍が物思いに耽る理周を呼びかけた。「ああ?はい?」「きちんと戸締りをせねばいかぬぞ」僅かに男の生理が理解できるようになってきている。晃鞍、十七になる。男としては晩生かもしれぬ。「よほど。ここに一人おる方が無用心でいかぬわ」やっと、理周の立場がわかってきた。母堂におっても、ここにおっても、女子であることには代わりはないのであるが。「よいか。誰がきても、何をいわれても中に入れては成らぬぞ」 . . . 本文を読む

―理周 ― 6 白蛇抄第12話

2022-09-04 12:42:30 | ―理周 ―   白蛇抄第12話
「嫁にくれ?と?」尋ね返す艘謁に禰宜はいささか、とまどいをみせる。「そう・・ではないのだが。まあ・・にたようなものだ」由緒は正しい。身分も、人品も決して卑しくない。が、立場上、下賎の者を妻に迎えるわけには行かない。理周に心を寄せた雲上人は、思い余った。側女といえばいいか。男子をなせば、それでも、格は上がり、衆目の認めるお方さまに遇せられる。それを頼みに、理周を迎えるしかない。雲上人に頭を下げられて . . . 本文を読む

―理周 ― 7 白蛇抄第12話

2022-09-04 12:42:12 | ―理周 ―   白蛇抄第12話
理周は余呉にいる。小さな浮御堂が余呉湖の端にたたずんでいる。山は四方をかこみ、大きな湖の北に位置する余呉湖をつつみかくしている。琵琶の湖にくらぶれば、水溜りほどに小さな余呉湖を知るものは少ない。清閑と水をたたえている湖は山の藍翠を映しこんで、漣さえ立てない。時折、通り過ぎる一迅の風が湖面に銀色の皴をつくり、なだらかなみどりを深くのみこむと、静まり返った水面は一層藍が濃くなった。「母上をここにおつれ . . . 本文を読む

―理周 ― 8 白蛇抄第12話

2022-09-04 12:41:52 | ―理周 ―   白蛇抄第12話
「よ・・よめにゆくのか?」晃鞍は余呉から帰ってきた理周に尋ねた。「どうすれば・・・」正しくは嫁に行くのではない。昨日の夜にひとつとて、やぶさかな想いを滲ませなかった薬師丸を考えてみても、薬師丸からの申し出を艘謁から聞かされたときには、狐につままれた気分だった。「き・・・きのうは」理周はその薬師丸と一緒だった。判っていることであるが、改めて問い直さずに置けない晃鞍である。「そう・・なのです」昨日の薬 . . . 本文を読む

―理周 ― 9 白蛇抄第12話

2022-09-04 12:41:34 | ―理周 ―   白蛇抄第12話
息をのんだのは艘謁である。堂に姿を見せぬ晃鞍。嫌な予感がした。理周を女子としてみているのは、自分だけではない。直感が理周の元へ走らせた。扉を開けた艘謁の目に飛び込んできたのは、男と女の絡みだった。晃鞍?理周を抱いているのは晃鞍である事は既に判っている。艘謁が思った事は、理周を抱く者がだれか?ではない。理周が男として受け入れる相手が晃鞍なのかということである。男はすぐさまに女の顔を見詰め一瞬のうちに . . . 本文を読む

―理周 ― 10 白蛇抄第12話

2022-09-04 12:41:16 | ―理周 ―   白蛇抄第12話
「でていった?」艘謁に告げられた事実は腑に落ちない。理周ではない。何故、父が理周を黙ってでていかせた。晃鞍が、したことは理周をおいつめただけであるのか?項垂れる晃鞍に艘謁は言葉を選びながら話し出した。「理周は男をうとんでいたとわしは思うておった」えっと小さな声が晃鞍の喉で飲み込まれた。「しかし・・違った」晃鞍は父の言い出す言葉を待つ。「あれは・・・自分が女である事をうとんでいた」男という生き物がい . . . 本文を読む

―理周 ― 11 白蛇抄第12話

2022-09-04 12:40:57 | ―理周 ―   白蛇抄第12話
いつのまにか、雨は降り注ぐ。琵琶の岸辺に立つ、理周の肩もすっかりぬれそぼり、こ糠の雨は、髪に絡みつくと珠を結んだ。額を伝いおちた雫は顎をなぞり、理周の泪に溶けた。いっそ、しんでしまおうか?湖はおいでと波を引き、来るなと波を寄せた。母はしあわせだったとおもう。死ぬ事さえこわくなかっただろう。理周には母のような想いという浄土もない。この世に生き、この世を去る間際まで、母は寂しい女だった。一度(ひとたび . . . 本文を読む

―理周 ― 12 白蛇抄第12話

2022-09-04 12:40:33 | ―理周 ―   白蛇抄第12話
程なく澄明は隣室をでてきた。「手数をかけさせたの」「いえ」「どうかの?」「ここ、三日四日。熱が下がれば人心地をとりもどせるでしょう」痛い傷がある。「なってしまったことは・・・とりかえせませぬ」そうであるが・・・。不知火を見詰た澄明がふとほころんだ。「だいじょうぶですよ」優しい男である。雅楽の席で見かける少女を不知火も澄明もしっていた。むろん、理周もこちらをしっている。「それで・・このことは・・」理 . . . 本文を読む

―理周 ― 13 白蛇抄第12話

2022-09-04 12:40:14 | ―理周 ―   白蛇抄第12話
理周がいつ、目覚めてもよいように不知火は粥をたいた。初めは硬い粥を炊いたが、理周の熱はさがらなかった。起きる事も叶わぬとわかると、理周のために炊いたかゆをたいらげ、新たな粥は緩めた。手拭いを替えて、額を触るがどこからこんな熱が出るのかと思う。熱っぽさは唇をかさつかせ肌もかわくようだった。水差しの水を口に含ませてやるが、理周は水を飲む意識さえなかった。不知火は理周の鼻をつまみ、僅かにあけた理周の口に . . . 本文を読む

―理周 ― 14 白蛇抄第12話

2022-09-04 12:39:57 | ―理周 ―   白蛇抄第12話
礼の言葉を出しかける理周に「それはまあ・・いいのだが・・・」不知火は理周の思い出したくない事に触れる事にすこしばかりためらった。「洸円寺には・・知らせておらぬのだ」躊躇った言葉が理周のわけを察している事がうかがいしれた。「しらせてよいものかどうか。判断つきかねたのだが。艘謁殿は心配なされておろう?」どうするのか?その答えは、理周には今後の進退も問うものである。艘謁は悔いておろう。艘謁の手を離れると . . . 本文を読む

―理周 ― 15 白蛇抄第12話

2022-09-04 12:39:39 | ―理周 ―   白蛇抄第12話
「わたしは・・」母をにくんでいた。父さえ知らぬ子に母はどこまでも、女としてしかいきなかった。追いすがる子は、母をとらえる男の影をにくんだ。憎んだ以上にもっと、その影のものでしかない女という生き物がまた自分も同じである事を恐れた。「わたしは・・」その憎むべき女をいためつけてやりたかった。身と皮のように離れない女が憎い。どれほど、うとましいものであるか。女がうけとめれるものは、浅はかな男の欲望だけしか . . . 本文を読む