「めしべ」⑥
ここでくどくどと絵画史を述べるつもりはないが、ピカソの生き
た時代は写真機の発達によって画家という「職業」が成り立たなく
なる転換期をすでに終えていた。対象をただ精巧に写実するだけで
は便利な写真に仕事を奪わ始めていた。そもそも絵画は宗教絵画
から始まり、布教のため神の世界(アナザーワールド)を如何にリア
ルに信者に実感させることができるかが求められ、ダ・ビンチ、ラフ
ァエロ以来その歴史はスーパーリアル追求の歴史だったと言える。
正確な描写がなければ画家の個性は認められなかった。ところが、
科学文明の発達は、信仰の世界を衰退させるとともに対象を正確
に写す写真機までも発明されて絵画に写実性を求められなくなった。
それは画家を、世界を写し取る仕事から解放したとも言える。すでに、
詩の世界では象徴主義によって伝統的な技法の解体され心情描写
の新しい試みが生まれていたが、やがて、印象派の画家たちも挙っ
て独自の手法を模索し始めた。そんな時に輪郭を線で描写しただけ
の日本の浮世絵の技法が彼らの目に新鮮に映った。神聖な宗教画
から始まり教会ヒエラルキーの下で聖書を題材にした作品ばかり描
かされた伝統的な西洋絵画の技法は、権威に頼らない江戸庶民文
化の「戯画」の自由な描写に衝撃を受けた。彼らにとって浮世絵の
世界はまさに「アナザーワールド」だった。画家はもっと自由に自分
の描きたいものを描いていいのではないか。オブジェにさえもこだわ
らなくてもいいのではないか。キャンパスは世界を切り取った一部で
はなく、キャンパスそのものが世界なのだ。さて、このキャンバスに
あなたの世界を描きなさいと言われて、果たして誰が写実にこだわっ
た絵を描くだろうか?何故なら、「マイワールド」を創造するということ
はリアルなこの世界から逸脱することだから。
(つづく)