(八十一)
バロックからのメール。
「気に掛けたくないから関わろうとしない、と言うことやったが
、米軍基地の問題はその最たるものや。基地を抱える地元は、ただ
此処から基地を無くして欲しいとババ抜きのようなことをしている
が、それぞれが連帯してババを無くす運動には為らんのかな?例え
ば、核兵器禁止運動をする団体は、何故、沖縄の基地問題に苦しむ
人々と連帯しようとしないんや?この国では市民運動や被害者団体
までもがタテ割りなんや。さらに、派遣労働の問題も経営者は労働
者を気に掛けたくないから関わりを派遣会社に委ねて、労働組合さ
えも積極的に関わろうとしない。同じ職場で働く者の苦しみに関わ
ろうとせずに、労働組合としての矜持も棄ててしまい、ただ自分達
の保身の為だけに経営者に擦り寄る小姓の集まりやないか。たとえ
経済が立ち直っても、非正規に集められた労働者がこれまでの様に
従順に働くとでも思っとんのか? 他人事は明日は我が身と心せよ
、だよ。
子供の頃、広島に行くと広島弁で『さいたらすんな!』とよく大
人に叱られた。大阪弁の『いらんことすんな!』という意味やけど
、大阪弁には更に事情も知らずに関わることを『いっちょかみ』と
言って蔑む。おそらく日本中に似た方言があるんやろうけど、この
国の大人達は立場を弁(わきま)えずに関わることを強く諌める。
やがて子供は萎縮して気に掛かることがあっても関わることに躊躇
うようになる。何しろ慎みはこの国の美徳なんだから。苦しむ人を
見ても『人は人』と言って関わることを避けていれば、やがてブロ
イラーのように一羽ずつ絞められても気に為らなくなり、三歩も歩
かないうちに忘れてしまうのだ。社会が豊かさだけでなく苦しみも
共有しなければならないなら、気に掛かる事は立場などに係わらず
もっと『さいたら』すべきやないか。時には煙たがられて苦い思い
をするかもしれないが、それは後悔の記憶が勝るからで、それでも
、関わったことは何れ自分が忘れても必ず相手の心には残るんやな
いかな。苦い思いに懲りて関わりを避けていては、社会は関わりを
失い、そのうち道で人が倒れていても誰も気にしなくなるやろう。」
「水流発電機の方は、寒さで川の水が凍ったりして水量が不安
定で思い通りに発電出来なくなったんや。初めは、こんな致命的
な弱点があると商品に為らないと言うたが、社長のゆーさんは平
然と『そらっ、水流発電機は水が流れんかったら回らんよ』と言
い、それから『心配せんでも春になったら回る』と付け加えた。
俺は呆れ果てたが、だが自然からエネルギーを創るということは
そういうことなんや。都会の便利な暮らしに慣れた者が、空調の
効いた高層マンションの部屋で、自分らの都合のええエコロジー
を心掛けても、ひとたび停電にでも為れば一時間と耐えらずに鶏
舎の中で騒ぎ出して春まで待つことなど出来る訳が無い。テレビ
局も24時間も電気を使って環境問題を取り上げることなど出来
無くなるやろ。俺はそういうのを『エ(ゴ)ロジー』と呼んでいる。
ゆーさんが言うには、簡単に水の流れと言っても決して同じで
は無いらしい。季節や地形や場所によって水の流れは様々で、此
処ではうまく稼働しても他所では大概うまくいかないと言う。無
理矢理川底を浚渫(しゅんせつ)したり流れを変えてしまえば、
当然自然環境も破壊される。これから人間は自然の中で生きるの
か、それとも自然を追い遣って生きるのかが問われているんや。
地球温暖化の問題は人間が地球の自然を成層圏まで追い遣った酬
いや。そこで発電機そのものは変えないが、その川に合った設置
の仕方をゆーさんの娘がコンピューターを使って色々シュミレー
ションしている。例えば、発電機のタービンは水面に有る方が水
の流れが速くて、さらに水量の増減にも限界まで対応できるが、
発電機を水面に浮かす為には相当の浮力が要る。そこで水流を利
用して羽根付きの鯉のぼりの様にして浮かそうとしているが、そ
れでも川の様子は大きく変わってしまう。おそらく春になれば試
作品を作って実験することになるだろうね。」
「社長のゆーさんは、もともと発電機で商売するつもりなど無
かったが、娘の化学物質過敏症に温泉が効くと聞き彼女に合う温
泉を探そうとした。彼女は少しでも塩素が入っていればダメで、
その臭いを嗅ぐだけで反応して、湯にも浸からず慌てて引き返し
た天然温泉も随分あったらしい。また温泉は良くても、人が使う
石鹸の臭いでも体調が悪くなった。そんな時に人里離れた山奥に
、温泉の他は何も無い小さな湯治場を見つけた。冬場は訪れる人
も少なく湯も癖がなくて彼女にも良かった。俺も何度も一緒に連
れて行ってもらった。お蔭で俺も温泉好きになった。ゆーさんと
二人で露天風呂に浸かりながら、彼は、温泉を巡っている内に
、いつか地熱による発電をやりたいと思うようになったと、彼の
夢を語った。俺は、そんなこと個人では出来んやろと言ったら、
彼は、金さえあれば出来ると言ったので、どの位?と聞くと、十
億あれば何とか為ると言った。それから二人は顔を見合して笑
ったが、ゆーさんは満更冗談では無かった。その後、彼は会社
を立ち上げて、ネット上に水流発電機のホームページを作って
購買者を募った。地熱発電が実現すれば水流発電機の比やな
いからね。そんな訳で、俺、とりあえず水流発電機を十億円売り
上げる為に、ついに部下のいない販売部長に抜擢されちゃった。」
(つづく)