(八十一)

2012-07-11 09:02:10 | 「パソコンを持って街を棄てろ!」(八十一
                     (八十一)



 バロックからのメール。

 「気に掛けたくないから関わろうとしない、と言うことやったが

、米軍基地の問題はその最たるものや。基地を抱える地元は、ただ

此処から基地を無くして欲しいとババ抜きのようなことをしている

が、それぞれが連帯してババを無くす運動には為らんのかな?例え

ば、核兵器禁止運動をする団体は、何故、沖縄の基地問題に苦しむ

人々と連帯しようとしないんや?この国では市民運動や被害者団体

までもがタテ割りなんや。さらに、派遣労働の問題も経営者は労働

者を気に掛けたくないから関わりを派遣会社に委ねて、労働組合さ

えも積極的に関わろうとしない。同じ職場で働く者の苦しみに関わ

ろうとせずに、労働組合としての矜持も棄ててしまい、ただ自分達

の保身の為だけに経営者に擦り寄る小姓の集まりやないか。たとえ

経済が立ち直っても、非正規に集められた労働者がこれまでの様に

従順に働くとでも思っとんのか? 他人事は明日は我が身と心せよ

、だよ。

 子供の頃、広島に行くと広島弁で『さいたらすんな!』とよく大

人に叱られた。大阪弁の『いらんことすんな!』という意味やけど

、大阪弁には更に事情も知らずに関わることを『いっちょかみ』と

言って蔑む。おそらく日本中に似た方言があるんやろうけど、この

国の大人達は立場を弁(わきま)えずに関わることを強く諌める。

やがて子供は萎縮して気に掛かることがあっても関わることに躊躇

うようになる。何しろ慎みはこの国の美徳なんだから。苦しむ人を

見ても『人は人』と言って関わることを避けていれば、やがてブロ

イラーのように一羽ずつ絞められても気に為らなくなり、三歩も歩

かないうちに忘れてしまうのだ。社会が豊かさだけでなく苦しみも

共有しなければならないなら、気に掛かる事は立場などに係わらず

もっと『さいたら』すべきやないか。時には煙たがられて苦い思い

をするかもしれないが、それは後悔の記憶が勝るからで、それでも

、関わったことは何れ自分が忘れても必ず相手の心には残るんやな

いかな。苦い思いに懲りて関わりを避けていては、社会は関わりを

失い、そのうち道で人が倒れていても誰も気にしなくなるやろう。」 

 「水流発電機の方は、寒さで川の水が凍ったりして水量が不安

定で思い通りに発電出来なくなったんや。初めは、こんな致命的

な弱点があると商品に為らないと言うたが、社長のゆーさんは平

然と『そらっ、水流発電機は水が流れんかったら回らんよ』と言

い、それから『心配せんでも春になったら回る』と付け加えた。

俺は呆れ果てたが、だが自然からエネルギーを創るということは

そういうことなんや。都会の便利な暮らしに慣れた者が、空調の

効いた高層マンションの部屋で、自分らの都合のええエコロジー

を心掛けても、ひとたび停電にでも為れば一時間と耐えらずに鶏

舎の中で騒ぎ出して春まで待つことなど出来る訳が無い。テレビ

局も24時間も電気を使って環境問題を取り上げることなど出来

無くなるやろ。俺はそういうのを『エ(ゴ)ロジー』と呼んでいる。

 ゆーさんが言うには、簡単に水の流れと言っても決して同じで

は無いらしい。季節や地形や場所によって水の流れは様々で、此

処ではうまく稼働しても他所では大概うまくいかないと言う。無

理矢理川底を浚渫(しゅんせつ)したり流れを変えてしまえば、

当然自然環境も破壊される。これから人間は自然の中で生きるの

か、それとも自然を追い遣って生きるのかが問われているんや。

地球温暖化の問題は人間が地球の自然を成層圏まで追い遣った酬

いや。そこで発電機そのものは変えないが、その川に合った設置

の仕方をゆーさんの娘がコンピューターを使って色々シュミレー

ションしている。例えば、発電機のタービンは水面に有る方が水

の流れが速くて、さらに水量の増減にも限界まで対応できるが、

発電機を水面に浮かす為には相当の浮力が要る。そこで水流を利

用して羽根付きの鯉のぼりの様にして浮かそうとしているが、そ

れでも川の様子は大きく変わってしまう。おそらく春になれば試

作品を作って実験することになるだろうね。」

「社長のゆーさんは、もともと発電機で商売するつもりなど無

かったが、娘の化学物質過敏症に温泉が効くと聞き彼女に合う温

泉を探そうとした。彼女は少しでも塩素が入っていればダメで、

その臭いを嗅ぐだけで反応して、湯にも浸からず慌てて引き返し

た天然温泉も随分あったらしい。また温泉は良くても、人が使う

石鹸の臭いでも体調が悪くなった。そんな時に人里離れた山奥に

、温泉の他は何も無い小さな湯治場を見つけた。冬場は訪れる人

も少なく湯も癖がなくて彼女にも良かった。俺も何度も一緒に連

れて行ってもらった。お蔭で俺も温泉好きになった。ゆーさんと

二人で露天風呂に浸かりながら、彼は、温泉を巡っている内に

、いつか地熱による発電をやりたいと思うようになったと、彼の

夢を語った。俺は、そんなこと個人では出来んやろと言ったら、

彼は、金さえあれば出来ると言ったので、どの位?と聞くと、十

億あれば何とか為ると言った。それから二人は顔を見合して笑

ったが、ゆーさんは満更冗談では無かった。その後、彼は会社

を立ち上げて、ネット上に水流発電機のホームページを作って

購買者を募った。地熱発電が実現すれば水流発電機の比やな

いからね。そんな訳で、俺、とりあえず水流発電機を十億円売り

上げる為に、ついに部下のいない販売部長に抜擢されちゃった。」

 

                               (つづく)

(八十二)

2012-07-11 09:01:21 | 「パソコンを持って街を棄てろ!」(八十一
                 (八十二)



 私は、間近に迫った個展の為にバロックのメールに付き合えな

かった。二十号の絵はほぼ完成したが、その間に画廊の女社

長が仕組んだ雑誌のインタビューを、あの高名な評論家から受け

なければならなかった。私は仕方なく宇宙服に身体を入れて、女

社長から貰った赤地に筆で墨を引いた様な頼りないストライプの

ネクタイをして、例の宇宙ステーションホテルへと向かった。そし

てホテルのラウンジで女社長と待ち合わせて客室に入った。女社

長は私のネクタイに気付いたが「似合わない」とは言えなかった

。しばらくすると先生が現れて、私は早速立ち上がってホテルで

の無礼を詫びた。老先生は「なぁに!」と言って手を振った。同

行して来た出版社の一人が、誌面の都合上すべてを記事にしない

旨の断りをしてからテーブルに置いたレコーダーをONにした。

そして、

「先生、フランスですごい人気だそうですね。」

と会話の糸口を開いた。私は「先生」などと呼ばれたことが無か

ったので、てっきり老先生のことだと思い黙っていると、気付い

た老先生が「君のことだよ」と無愛想に教えてくれた。私は慌て

てしまい、初めて「先生」と呼ばれたので自分の事だとは思わな

かったと弁解すると皆が笑った。そして私も連られて笑うと、も

う一人のカメラマンが私の笑い顔をすかさず連写した。私は前回

の失敗に懲りて気後れだけはしまいと自分に言い聞かせていたが

、自分の笑い顔が雑誌に載ると思うと落ち込まずにはいられなか

った。というのは、子供の頃、生え変わった前歯の永久歯を舌で

確かめるのが癖になり、止む事の無い干渉に隙間が生じ、やがて

僅かだった隙間も成長するに従って、その歯の下に身を委ねた小

魚などは断首を逃れるほどのスキッ歯に為ってしまった。普段は

口を閉じていれば人は気付かないが、一度笑ったりして真ん中が

空いた歯並びが見えると、その場の緊張が緩むのが判った。それ

はマンガの「ついでにとんちんかん」の抜作先生のようにノー天気

な表情になった。さらに母親は他人事の様に「卑しさは口元に出る」

などと言った五味康祐の人相学に心酔していて、元はと言えばア

ンタの責任じゃないかと言いたかったが、他人には結構思い当た

るフシがあって納得した。そんな訳で私は自分の笑い顔を他人に

見られることを甚く気にした。それなのに抜作先生の表情だけを写

真にして載せられたら堪らなかった。当たり障りの無い会話は進

んでいたが、私が上の空で、老先生のご高説に相槌ばかり打って

いる事を訝った出版社の人が間に入ってきて、

「先生の方からも何か気にしてる事があれば言っていただけませ

んか?」

と言ったので、私は思わず、

「笑い顔は載せないで欲しい。」

と、それこそとんちんかんなことを言ってしまった。

対談は飲み物が届いたので少し休憩することになった。その間

に編集者から、写真は無断では載せないと改めて説明された。そ

して再び彼のホイッスルでゲームは始まったが、

「先生は、美についてどのようにお考えですか?」

と、年上の彼はいきなり掴みどころの無い質問をしてきた。主審

の彼は明らかに私の緩慢なプレーに嫌気が挿し、このゲームに飽

きてしまい、さっさとPK戦で蹴りを着けようとしていた。

「えっ!美?」

「ええ、美!」

「ちょっと、わからないですね。」

すると老先生が口を挟んだ。

「君、それじゃあ漠然とし過ぎてるよ。大体画家は言葉では描か

ないんだから。」

「はっ、はい。」

編集者は納得したがそれでは対談など成り立たなくなる。私はも

う一度気後れすまいと言い聞かて、普段自分が思っていることを

喋った。

「むかし読んだ小林秀雄の本で、彼はゴッホの絵の拙い複製を観

て涙を流さんばかりに感動を受けたが、後日、期待して実物を観

たら大して感動しなかったって書いていたけど、美というのはそ

ういうものではないでしょうか。つまり、美は絵に在るのではな

くて画家やその絵を観る人の心の中にあると思います。だから、

いくら美に接していてもいつも感動するとは限らないんです。」

すると老先生が言った。

「それじゃあ、君はどうしてその感動を与える絵を描けると思っ

ているんだい?」

「私は今まで巧く描くことを心掛けていましたが、だから巧いと

言われるともちろん嬉しいんですが、それは技巧を褒められてい

て、それって美とはすこし違うんじゃないかと思っています。た

とえばゴッホとかルオーとか絵は稚拙ですが、それでも深い感動

を受けます、画家の魂というか深い精神性のようなものが確かに

伝わってくる。そういう絵がどうすれば描けるようになれるかど

うか解りませんが、ただ、もう巧いだけの絵は描きたくないんで

す。」

「それじゃあ墨をやめるのかい?」

「何れそうするつもりです。どうしても日本画は写実を重んじま

すから。」

「抽象画へ行くのかい?」

「そこまでは思っていません。」

それを聞いていた女社長が椅子から立ち上がって、

「ちょっと!そんなこと聞いて無いわよ!」

と大きな声で叫んだ。

女社長の抗議は激しかった。彼女はベンチを飛び出してテクニ

カルエリアを越えピッチの中まで入って来て、私の発言を非難し

た。

「よくもそんなことを言えるわね!そんな勝手なことをしたら契

約違反よ!」

と、私の言った事を実行すれば反則だと訴えた。主審の編集者は

慌てて女社長を止めに入ったが、彼女の怒りは治まらなかった。

彼女は間に入った主審越しに、

「まったく!誰のお蔭で売れたと思っているの!」

と、私を罵倒した。堪らずに主審の編集者は、

「社長!ちょっと落ち着いて下さい!此処は私に任せて、そんな

話しは後でもゆっくり出来るじゃないですか。」

と、レッドカードを示して彼女に退場を促がした。確かにそれま

で、私は彼女の画廊とどんな契約を結んでいるのかさえ知らなか

った。私の言った事が契約に反するなら謝らなければいけないが

、最後に言った「誰のお蔭で売れたと思っているの!」は僅かば

かりの私の自尊心を傷つけた。彼女は老先生にも促がされて次第

に落ち着きを取り戻したが、私が述べた事を決して記事にはしな

いように編集者に迫った。そして、編集者の彼もあっさりとそれ

を受け入れてしまった。そして、

「さあ、それじゃあもう一度始めからやりましょうか。」

と、サドンデスへと突入したPK戦の笛を鳴らしたが、今度は私

が納得いかないと主審に食い下がった。

「今喋った事がダメならもう他に喋る事なんてありませんよ。」

すると主審は縋るような目をして、

「そんな事言わないで、ねっ、ほら、ホームレスだった時の話し

とか聞かせてくれませんか?」

と、美術とは全く係わりの無い、しかも私が決して話したくない

過去の話しを求めてきた。私は「一杯のかけそば」のような情に

訴える浪花節を語りたくないのだ。そこには必ず虚飾に彩られた

語りが生まれる。現実の悲哀には安っぽい感情など入り込む余

地など無い。つまり、他人事だから同情出来るのだ。感涙に耐え

られなくなった聞き手に隠れて彼等はしてやったりと小さく舌を出

しているのだ。それにしても近頃は同情を誘う小説が多すぎない

か。私はそういった小説を「一杯のかけそば」小説と呼んでいる。

「それが絵画とどんな関係があるのですか!もう何も話す事はあ

りません!」

私は怒りを露にしてピッチを後にした。

                                  (つづく)

(八十三)

2012-07-11 09:00:11 | 「パソコンを持って街を棄てろ!」(八十一
              (八十三)



 バロックのメール。

 「あんたは、今の東京の状況を二度目の戦後のようだと言った

が、俺は戦争前だと思っている。つまり紛争はこれから起こる。

世界経済の失速は、単純に軌道を逸れただけなら修正も出来るが

、もはや我々を乗せた車両の軌道は自然破壊によって崖っぷちで

断裂され、奈落の底へと垂れ下がっているのだ。快適な旅を満喫

していた人々を列車から降ろして、座席で揺られて来た道を今度

は歩いて引き返えさせなければならない。果たして、我々は快適

な旅を諦めて『争わずに』後戻りすることなど出来るのだろうか

?つまり、これまでは消費が美徳だったが、これからは節約こそ

が美徳となる。我々の経済成長は地球温暖化によって光を遮られ

、成長を止められた根はこれまでの様に水を吸い上げることが出

来なくなったのだ。

 もちろんイデオロギーの対立で赤組と白組に分かれて戦うこと

は無いだろうが、恐らく争いも多極化するんやろうけど、俺は、

争わずに後戻り出来ないと思っている。それは、ウォシュレット

でしか用を足せなくなった者が、今日から新聞紙で始末しろと言

われても従えないように、豊かさに慣れた人々が貧しさを共有し

合えるとは思えないからだ。グローバル経済の萎縮は、どの国も

失業者を増加させ貧困層はさらに増え、人は不安に怯えて身構え

利己的に為り秩序が乱れて社会に不穏な空気が流れる。そんな時

なんや!争いが起こるのは。原因なんか何でもええ、『俺の前で

屁をこきやがった!』、それだけで『侮辱した!』と罵って殺し

合うのが戦争や。戦争の大儀は些細な事でも、戦争は人を殺し合

う。そしてそれが報復の大儀となる。秩序の崩壊は些細な諍いを

冷静に判断する余裕を失わせ、為政者は社会の閉塞感に引き摺ら

れて鬱屈した国民の不満を戦争によって外へ向けようとする。豊

かさが失われていく事に耐えられなくなった国民は、生きる意味

を身捨つるほどの祖国の大儀に委ねる。こうして国民の支持を得

た国家は憂さ晴らしの戦争で社会の混乱を治めようとするのや。

もちろん、そうならなければいいけどね・・・。」

                                 (つづく)

(八十四)

2012-07-11 08:59:02 | 「パソコンを持って街を棄てろ!」(八十一
               (八十四)



 目が覚めたのは昼過ぎだった。私は、対談していたホテルを飛

び出しタクシーで馴染みの店に行き、店にある酒を全部飲み干し

た、恐らく。マスターは「もう酒は無いよ!」と言って私のオー

ダーを断り、正体を現した蟒蛇(うわばみ)を訝しく思いながら

私を店から蹴り出した。その後は全く記憶が無く今に至っている

。私は脳移植の手術を受けた患者の様にひどい拒絶反応に頭を抱

えて苦しみながら、果たして本当の自分はどちらなのか解らない

まま、ベットから起き上がって5キロ先にある給水ポイントへ這って

行った。シンクを叩きつける水道の音が神経を逆撫でしたが、そこで

も貯水場を干乾びさせるほどの勢いで鱈腹水を飲んだ。そしてしば

らくそこに佇んで体内のアルコールが薄められていくのを確かめて

いた。やがて移植した脳も程よく私に馴染み、私はめでたく日常を

取り戻した。そして、何気なく先日まで格闘していた二十号の絵を見

た。すると、蔽っていた布が対角線で捲り上げられ、左側の絵の一

部が現れていて、その絵の上に刷毛で大きなバッテンが描かれて

いた。

「ええーっ!」

私はアパート中に聞こえる程の大声を上げた。よく確かめると、

墨の着いた刷毛はベッドの上に転がっていて、シーツの至る所に

もサインを残していた。恐らく酔っ払って自棄になってバッテンを

した後、刷毛を持ったまま寝てしまったのだ。今度は別の理由で

頭を抱えてしまった。さらに、着替えずに横になった一張羅のス

ーツのあちこちも墨だらけになった。そして女社長からプレゼント

されたネクタイまでもが墨で汚してしまった。私は再び、

「あーっ!」

と大声を上げたが、よく見るとそれは元からあるネクタイの柄だった。

 私は絵を蔽っている布を剥ぐって、苦心して描いた、都心の高

層ビル群の作品に残されたバッテンをしばらく見詰めていた。

その絵は、これまでより色を多く使い、墨の濃淡だけの絵とは

随分趣きを変えた彩りのある作品で、作風を変えようと心掛けた

謂わば野心作ではあったが、ただバッテンは野心が過ぎた。水

墨画や日本画は間違いを正すことが出来ない。しかし描き直すに

はもう日にちが無かった。ベットに腰を降ろして大きな溜め息を吐

いて、それから、しばらく放っておいたノートパソコンに手を伸ばし

て何時もの様にネットに繋いだ。バロックからのメールにも応えて

いなかった。すぐにバロックのメールを読んでからメールを返した。

 「しばらく手が離せずにメール返せなくってゴメン。元気そう

なので安心した。君が言ったように世界はどんどんネガティブな

プレッシャーを増しているね。ものごとが良くない方へ向かっ

ていると分かっていても、逃げ出すことも叶わずに流れに押し潰

されてしまうことだってあるんだよね。ホームレスの頃、日雇い

派遣の日給が受け取れずに有り金が底をつき、2月の連休の前日

だったので更に休み明けまで待たなくては為らなくて、そうなる

ことが分っているにもかかわらず、危惧した通りに野宿を強いら

れた。またそんな日に限って気象庁は冬一番の寒波が襲ってくる

と予報しその通り的中して、もうジッとしてられなくて極寒の中

をひもじい思いをしながら死の彷徨をした。そんな風に追い込ま

れると、終いには人は怒りや不満などの感情すら凍てついて、温

かい食い物と寝床を与えてやるからと肩を叩かれて、銃を背負わ

され共に国の為に闘おうと言われたら、恐らくあんたが言うよう

に、固い信念や意志など簡単に融かされてしまうよね。」

 メールを送った後、何気なくバッテンを見ていると、ふっと思

いついた。さっそく、墨を作りバッテンの上から刷毛を使って左

側の絵を塗りつぶした。ほぼ三分の一を真っ黒にして線を引き、

逆光に翳る近景のビルが黒く聳え立っている様子にした。少し斬

新な絵に為ったが、そうするより他に個展に間に合わせる方法は

なかった。さっきまでは、核兵器のボタンが手元にあれば、絶望

のあまり世界を終わらせようと押したに違いなかったが、出来上

がった絵を見てすこし気分が軽くなった。そして、またバロック

にメールした。

 「経済のことはまったく解らないけど、世界的な経済恐慌の原

因は、金融破綻が引き起こしたと言われているが、それじゃあ金

融が正常になれば世界経済は立ち直るのだろうか?僕は世界経済

の行き詰まりこそが金融バブルを産んだと思う。IT革命の後、

IT技術が世界の格差を生み、その格差が世界経済の流れを偏っ

たものにした。資本家の莫大な資金が投資先を失って投機に雪崩

込んだのも、投資に値する将来性のある新しい産業や技術革新が

生まれずに、金融だけがグローバル化したからだ。ばら撒かれた

金は途上国の経済を潤したが、その途上国から再び世界に還流さ

れたものは安価な製品と観光くらいしかなかった。否、もしかし

たら核の拡散もあるかもしれないが。そして安い労働力は先進国の

産業を空洞化し技術力を奪い国内消費を収縮させた。つまり、経

済のグローバル化とは、実態は安いバッタ物商品をグローバル化

させただけだった。ところで、あんたが去年ホームセンターで買

った中国製の電気ストーブはもう故障して使えなくなったからね。」

                                 (つづく)

(八十五)

2012-07-11 08:58:10 | 「パソコンを持って街を棄てろ!」(八十一
                     (八十五)



 バロックからのメール。

 「俺が買うた電気ストーブがダメに為ったらしいが処分してえ

えで。もしかして粗大ゴミの回収って金掛かるの?もしそうやっ

たら損な買い物やったな。あっ!それって粗悪品を規制するええ

方法かもしれんな。何ぼ安かってもすぐにアカンようになったら損

するもんな。そうすると案外環境税っていうのも効果があるかもし

れん。ただ今の政府は経済界からエサ貰てるからそんなこと出来

る訳ないやろけど。消費者庁なんか絶対出来ん、出来ても産業界

を規制出来る訳が無い、きっと。既存産業の権益だけを護ってれば

、何れ技術開発の芽も育たなくなって、気が付いたら日本が誇る

環境技術もいつの間にか立ち枯れになってしまったって事に為る

やろうね。政府や評論家が『日本の優れた技術力』と自慢する度に

、俺は亀に先を越されたウサギの慢心を思い浮かべる。優れた技

術力があっても、新規の参入を企業と一緒になって頭を押さえつけ

る政府の下では、産業革命など起こらないやろう。そう言えばIT

以降、ベンチャー企業って言葉も死後になってしもうた。電力業界

に配慮して自然エネルギーの推進すら規制する政府に、環境立国を

目差すなどとよう言えたもんや。そもそも電気自動車を何で『エコ

カー』と呼べるのか?充電する電気は石油で発電しとるやないか!

 大体、国内経済をトヨタやキャノンというグローバル企業に縋

っていては内需など伸びる訳が無い。彼等は世界中に市場を求め

て、それに採算の合う工場を世界中で探しているんや。日本での

生産が割りに合わないなら、中国でもベトナムでも、月にだって

出て行くよ。そんな企業に国内経済を活性化できる訳が無いやろ

。今の経済界は、野球界でいうたら大リーグに行ったイチローに

選手会長させてるようなもんや。」

                          (つづく)