(二十一)

2012-07-11 05:34:34 | ゆーさんの「パソ街!」(二十一)―(二十
              (二十一)



 元妻は、わたしが車の中で「セフレになってくれ」と言ったこと

に立腹して、その後まともに口も利いてくれなくなった。恐らく、

わたしの破廉恥な提案に呆れ果てたからに違いなかった。しかし、

わたしは至極真面目に考えていた。夫婦も何時も一緒にいると相手

のことなど考えようとしなくなり自分のことばかり考えるようにな

る。彼女がいなくなってまず最初にそのことに気づいた。二人を繋

いでいたのは娘の父親母親という社会的な役割でしかなかった。

つまり、義務や責任といった契約書に書かれた味気ない繋がりだ

った。それ以外に二人を繋ぐものなど何もなかった。それに、それ

ぞれが違った考えを持っているというのは、実は当たり前のことで

はないだろうか。これまでわたしは彼女が自分の考えに従ってくれ

るものだと盲信していた。説明するまでもないと思っていた。たと

えば、地方で育った娘が都会への憧れから故郷を後にして、譬えわ

が子の為とはいえ都会での暮らしを諦めざるを得なかった彼女の忸

怩たる思いなどを理解しようとはしなかった。その自省から、わた

しはもう一度彼女との関係を改めようと思った。それには、ふたり

を繋ぐものをこれまでのような理性による信頼関係などではなく、

本能による恋愛関係に求めるしかないと思った。娘の父親母親を演

じるのではなく、夫と妻の役割さえ放り投げて、ただ男と女の直接

的な結びつき、つまり、彼女への恋心を蘇らせたいと思った。だか

ら、わたしは彼女に妻としてではなく、況してやミコの母親として

でもなく、感情に義務を負わせない関係、社会的な義理や情に縛ら

れない本能だけで繋がったふたりだけの関係、つまり、「セフレ」

になって欲しかった。

 わたしの提案に対して元妻が娘に伝えて遣した返事がシャレてい

た。

「セフレじゃなくセレブにしてくれるなら、ならなってあげてもい

い」

そんな元妻が、事もあろうか、みんなが寝静まった深夜にわたしの

K帯に電話をしてきた。そして、

「ミコに気付かれないようにわたしの家に来て欲しいの」

わたしは一気に目が覚めて寝巻きを脱いで、パンツまで履き替えた。

何でも言ってみるもんだと思いながら、彼女が戻って来る日のため

にわたしが空き家を手入れして住めるようにした彼女の家に浅まし

い下心だけで訪ねた。すると、元妻は静かにドアを開けて辺りを窺

いながらわたしを手招きして土間に入れた。そして開口一番、

「ミコのことなんだけど・・・」

元妻がミコから打ち明けられたところによると、ミコはバロックに

未だに身体を許していないという事だった。

「えっ!」

わたしはすっかり男と女の関係だと思っていたので驚いた。

「ミコは、子どもを産むのが怖いといって泣き出したのよ」

「だけど、バロックのことは好きなんやろ?」

「もちろん、だから悩んでいるのよ」

「病気のことか?」

「ええ」

元妻とわたしはすぐに娘の母親父親の役割に戻って、しばらく

黙り込んでしまった。

「バロックは何て?」

わたしが訊ねた。元妻は、

「それでも構わないって」

「どう?」

「だから、今のままでいいって」

「男の盛りやで、あいつ。絶対、持たへんよ」

「だからバロックがサッチャンと一緒に行っても仕方ないって、

泣いて泣いて」

ミコは、一生ここで独りで暮らすつもりだとその追い込まれた

心情を号泣しながら吐露したらしい。

「で、実際はどうなん?CSって遺伝するの」

「するわけないじゃん!」

「ちゃんと教えてやれよ、大丈夫やって」

「知ってるよ!そんなこと、前から」

ミコの不安はそんな安易な知識で解けるものではなかった。それは

小さい時から全身に刻みこまれた悲痛な記憶が歓びと交錯して甦っ

てきて、ついには如何なる励ましや慰めさえも何の役にも立たなか

った。つまり、それはミコ自身が越えなければならない大きな試練

だった。どうすることも出来ないわたしは、

「それでもよかったよ、あんたが戻ってきてくれて。そんなこと、

おれには絶対言わんからな、あの子」

「言うわけないやん!アンタに」

まったく、父親が娘の身体のことをいくら真剣に心配しても、何故

か彼女らは好奇心からではないかと疑いの目を向けて決して触

れさせてはくれない。もっとも、元妻に「セフレになって欲しい」

などと言った自分が、取り返しのつかないことだが、つくづく情け

なく思えた。

「・・・」

再び沈黙が訪れた。

 家の外では蛙たちが賑やかに求愛の声を震わせていた。

                                (つづく) 


(二十二)

2012-07-11 05:31:33 | ゆーさんの「パソ街!」(二十一)―(二十
                (二十二)

 子どもの恋愛には口を挟まないという自分の信条に背いて、元

妻に頼まれて、バロックと、ミコのことについて話し合わなければ

ならなくなった。そこで、わざとその日の仕事を先へ追い遣って、

バロックとそれから画家さんとあやちゃんのお父さんも誘って、つ

まり、男ばかりでなじみの温泉に出掛けた。元妻の言うように、

父親は娘の側にいても何の役にも立てずにオロオロするばかりだ

ったが、なるほど、バロックと男同士ならその心情を確かめることは

それほど難しい任務とは思えなかった。つまり、わたしは娘の面倒

を見る役を外されて男担当に代えられた。

「ゆーさん、そっちは女湯やで」

前を行くわたしにバロックが笑いながら言った。

「あれっ?今日はこっちか」

どういう趣向なのか浴場は一日置きに男湯と女湯が入れ替わった。

浴場には二三人の年老いた客が我々と同じように田仕事を終えて

その疲れを洗い流そうと入れ替わり浸かっていた。かつては湯治場

として殷盛を極めたこともあって、我々が手足を伸ばして浸かって

も先客が窮屈に感じて湯から上がりたくなる様な思いにならない位

の広さがあり、タイル張りの浴槽は意趣のあるものではなかったが、

時が流れても往時の賑わいを偲ばせるほど人々に親しまれた様子

が感じられた。

「和歌山にも南紀にはいい温泉がいっぱいありますよね」

わたしは湯に浸かりながら池本さんの方を見て言った。

「そうやね」

「あやちゃんは温泉には入れるんですか?」

「それが、いっぺん連れてったことがあって、アトピーにも効くち

ゅうんで、」

「ええ」

「ところが、すぐに頭が痛い言いよって、ほいですぐにいにました」

「やっぱり塩素ですか」

「天然温泉やて謳とうとったんやけんどね」

「ここはミコも入れるんですよ」

「そうなんかえ!ほいじゃあいっぺん文香と連れもって来よか」

湯の中で緊張が解(ほぐ)れたのか池本さんは和歌山弁になっていた。

 傾きかけた春の陽射しが、開け放たれたガラス窓から山の涼風に

誘われて湯面にまで届き、ゆったり立ち昇る湯気の中で揺れながら

キラキラと際限なく砕けていた。誰かの荒っぽく置いた湯桶が「カ

ーン」と音を立てて浴場に響いた。湯舟に腰を掛け、湯上りののぼ

せたた意識の中で、時にはその眩しさに眩んで思わずまぶたを閉じ

ながら、その美しい煌めきから目が離せなくなった。もしも、極楽

浄土というものがあったとしたら、恐らくいま臨場している場面と

それほど違わないだろう。ただ、横では、池本さんが気を許したの

かしきりに和歌山弁で話しかけていたが、わたしは生返事をするば

かりで、実は、彼が何を喋っているのかよく理解できなかった。す

でにバロックと画家さんは先に浴場を後にしていた。わたしは池本

さんの話の腰を折らないようにして、最も話の腰がどこにあるのか

判然としなかったが、彼の様子を覗いながらしばらく口が噤んだ頃

合を見計らって、

「もう、上がりませんか」

と告げた。そうでもしなければ、もしも、湯中りでもして倒れても、

果たして、わたしは浴場に居るのか、それとも極楽浄土に来て

しまったのか判らないで迷ってしまうかもしれないではないか。

 わたしは、バロックからミコのことをどう思っているのか聞く、

という元妻からのミッションを履行するために、それでは裸になっ

て話し合える温泉がいいと思ったまではよかったが、如何せん、お

喋り好きの池本さんを誘ったことを今更ながら後悔していた。浴場

では遂に和歌山弁ばっかり聞かされて、まったくバロックと話す機

会がなかった。だから、少し池本さんを避けるようにして囲炉裏の

ある広間に戻ると、すでにバロックと画家さんがご亭主の用意した

筍の煮物で一杯やっていた。

「あっ、ゆーさん!なっ、こいつにゆーさんの近代文明の終焉、教

えたって」

バロックが上機嫌でそう言った。わたしは一番最後に空いている囲

炉裏端の一辺に胡坐を組んで、

「何や、そんなむつかしい話してんのか」

そう言いながら、それでもやっとバロックと話をする機会が訪れた

ことでそのきっかけは何でもよかった。更に、見ると池本さんはそ

んな話にはまったく興味がないとばかりに後ろを向いてご亭主と筍

の煮物について言葉を交わしていたので、池本さんを黙らせるため

にも「近代文明の終焉」についての持論を画家さんに披露しようと

と思い、まずは潤すために地酒を口に含んだ。そして、

「まず、その前に、そもそも存在とは何か?・・・」

すると、画家さんが待ち構えるようにわたしに鋭い視線を返して、

「ええ、何ですか?」

わたしはそれをはぐらかすようにグラスの中の残りの酒を呷(あお)

った。さらに、 

「いや、その前に、我々の認識とは何かを言わんとあかん」

「ええ、いいですよ」

「我々の認識とは経験から得た記憶である」

「ええ」

「記憶こそが我々の器官を生み、更に思考や感情や行動といった総

ての能力をもたらした」

「遺伝子なんて単なるメモリーですからね」

「逆に言えば、我々は記憶にないものを認識したり、或いはうまく

想像することができないんや」

「ええ」

「つまり、我々がいくら『何だ?』と問うても、我々の能力を超え

るものは認識することはできない」

「記憶されていないから」

「そう、それでも我々は自分たちの能力に適った答えを求めて想像

する」

「ええ」

「しかし、如何なる認識も存在の部分からもたらされた記憶による

認識に過ぎない。だから、我々の認識は存在そのものを他者とし

て観ることはできないんや」

「それなら形而上の如何なる認識も誤謬になってしまう」

「いや、我々の認識としては正しい、ただ、我々の認識としてだけ

正しい。」

「それでいいじゃないですか。独我論でも」

「別にそれでもかめへん。ただ、何も変えることができん」

「じゃあどうすれば変えられんですか?」

「かつて、人々は存在とは別の次元から存在を観ようと思った。そ

こで存在を知るために『絶対』や『無』といった観点を想像した」

「宗教ですよね」

「それらは何れも存在とは別のところから『存在』を観るために創

られた形而上の観点なんや」

「じゃあ、何れの宗教も本来は存在を知るために創られたって言う

んですか」

「うん、それほど存在することは我々の認識にとって理解できない

ことやったんや」

「ええ」

「ところが、それらもただの鏡でしかない。我々が『絶対』や『無』

を想像した時には、既に我々は世界が相対で有限であることを

悟った上でのことやから、それほど新しいものは見えなかった」

「じゃあ宗教は無意味だと」

「いや、そうは思わない。存在を語ることが出来なくても、世間を

を語ることはできる」

「救いだけは残されたってことですね」

飲み干したグラスを弄んで退屈そうにしていたバロックが堪えられ

なくなって割って入った、

「ゆーさん、そのはなし今日中に近代文明の終焉まで辿り着くの?」

わたしは、

「はあ、何や近代文明の終焉って?」

わたしはすでに酩酊してしまって、自分に求められたテーマを見失

っただけでなく、元妻から託されたミッションさえもすっかり忘れ

てしまっていた。それでも、

「わたしが言いたいのは、つまり、我々の認識とはものごとが起こ

ってからでないと語ることができんということなんや」

すると、バロックが、

「要するに、ジャイアンツファンにはタイガースの良さが絶対に分

からへんみたいなもんやろ?」

「はあーっ?」

わたしは絶句した。

                                 (つづく)

(二十三)

2012-07-11 05:30:14 | ゆーさんの「パソ街!」(二十一)―(二十
          (二十三)



「存在というのは、ぼくは、無からの逸脱だと思ってるんですよ」

バロックの茶化した言葉を無視して画家さんは慎重に言った。囲炉

裏端の一辺を占めていた池本さんは疲れからか或いは退屈からか、

それを放棄して板の間の片隅で「く」の字になって鼾(いびき)をか

いていた。

「ほう、逸脱というのはおもしろいな」

わたしは先輩面をして応えた。画家さんは、

「もっともそれはビッグバーン理論の受売りですけど、それに実際

に『反』物質なんて存在するのかどうかも知りませんが、それでも

物質がビッグバーンの後で『反』物質との結合消滅から逃れて生

まれたとしたら、存在するものは宿命的に無から逃げなければな

らないんじゃないかと思うんです」

「『反』物質か」

「ええ、だから宇宙も無から逃れるために膨張し続けているし、そ

の中で生きている我々もまた変わり続けなければならない」

「変わり続けないと捕まって消滅する?」

「ええ。つまり、無や或いは絶対といった観念からの逃避こそが

存在の意義じゃないかと思うんです」

「それじゃあ君も近代文明が何時までも続くとは思ってないんや」

「ええ、実際、段々つまらなくなってきた」

「うんうん」

「技術革新にしてもまるで砂取ゲームをしてるかのように姑息な開

発競争になってしまった」

「もう砂山は取り尽くされて無いんや。せやから棒を倒さないよう

に地べたの砂まで掻き集めてるんや。実際、資本主義は無限にある

資源を前提に考えてるが、既に資源は枯渇しようとしているにも拘

らず相変わらず資本家たちは空手形を乱発しているんや」

「バロックなんてきっと戦争になると言ってますよ」

「一方で我々はというと、クローゼットにはかつては手に入れるこ

とを熱望し、しかし今では使われなくなった家電や電子機器が堆(

うずたか)く積み上げられて見捨てられてる」

「飽きてしまうのは我々が変ってしまったからですよ」

「例えば、ブリックス4国の経済発展はクローゼットすら持たん安

価な労働者たちによって支えられているやが、それらの国によって

産業を奪われた先進国が衰退し、対してそれらの国の労働者たちの

クローゼットにも使われなくなった製品が堆く積み上げられるよう

になったら、やがて近代社会は、資源を掘り尽くした荒れ果てた大

地と、一方でそれらが製品となって世界中のあらゆる家庭のクロー

ゼットに堆く積み上げられて、遂には需給が滞って、その限界が訪

れた時に近代文明は終焉を迎えるんやないかな」

「そのまえに環境破壊によって終焉するんじゃないですか?」

「いや、わたしはどうもそんな理性が働くとは思えなくなってきた」

「そうですか?」

「我々は便利な生活に慣れてしまって、安楽な暮らしを棄てること

など出来なくなったんやないかな」

「たとえ生存環境が脅かされても?」

「ああ、たとえ国中が核の放射能汚染に見舞われても、それでも我

々は安楽な暮らしをもたらす経済成長を望むに違いない。そしてこ

う言うんや、『安楽に生きるためなら死んだって構わない』って」

「くっくっ、それって笑い話ですよね」

「わたしだってよもや人間がそんな愚かやとは思ってへんけど」

 すでにバロックも酔い潰れて囲炉裏端から退散し、池本さんの横

で「く」の字を並べたようにして寝ていた。
       
「あのー、ゆーさんって呼んでもいいですか?」

「ああ、かめへん、かめへん!あんたはアートって呼ばれてんのか

?」

「あっ、それだけはやめて下さい。それならまだ『ガカ』の方がい

いです、カタカナで」

「なるほど、カタカナでな」

「ええ、カタカナで。ところで、ゆーさん、こう言ったら何ですけ

ど、今の説明で近代が終わるということにもうひとつ説得力がない

と思うんですけど」

「しやから言うてるやろ、ほら、我々の認識はことが起こってから

でないと語れないって」

「ま、そうですけど」

「つまり、人の行いは結果からその原因を見つけ出すことはできて

も、逆に原因が必ずしもその結果を生むとは言えんのや」

「ええ」

「例えば、ある男が強い恨みからある人を殺そうと固い決意をした

とする。ところが、その決意こそが恨みを慰さめて躊躇わせること

だってあるんや。また反対に、生きることの絶望から全く関わりの

ない人を然したる動機もなく巻き添えに殺めてしまう者だっている

やないか」

「わかりますよ、でも近代文明が終わってしまうという限りは振り

返った時にこれが原因だったのかと思えるようなものがいま無いと

おかしいですよね」

「それはある!」

「いったい何ですか、それは?」

「我々の誤った認識や」

「我々の認識の何が誤っているんですか?」

「豊かさを享受するために、経済合理性だけしか見ようとしない人

間の驕慢な享楽主義こそが、自然循環性のない欠陥だらけの近代文

明の誤りを見て見ぬ振りをさせているんや。実際、もうすでに到る

所で終焉をもたらす予兆というか原因が現れてるやないか!ただ、

見ようとしないだけや」

わたしは興奮して声を荒げた。すると、隅で寝ていたバロックが、

「なあ、戦争にでもなれば少しは変わるんとちゃうの?」

そう言った。やおら起き上がったバロックは再び自分の席に戻っ

て来て、ピッチャーの水をグラスに入れて一気に飲んだ。そして、

「おれはそんなハッキリした原因なんて後から振り返っても絶対見

つからんと思うで。まして近代が終わるとかいう場合は。たとえば、

第二次世界大戦は何が原因で始まったかなんて簡単には言えんやろ」

すると「ガカ」が、

「まあ、そうかもしないけど」

バロックは続けた、

「それよりも、つまらなくなったてあんたがさっき言うたけども、

そういう気分の方が大きいんとちゃうかな」

わたしはそれを聞いて、

「そう言えば、確か司馬遼太郎はあの戦争をもたらした日本の帝国

主義は日露戦争の講和条約の後から始まったって書いてたな」

「勝ったんですよね?日本」

「それが良うなかった」

「勝ったことが?」

「世界中の誰もが負けると思ってた。なんせ相手は文明国ロシア帝

国なんやから」

「ええ」

「日本言うたらつい昨日まで鎖国をして近代文明に乗り遅れチョン

マゲをした未開国やで」

「誰も勝てるとは思いませんよね」

「それが勝ってしもた。せやから世界中が驚いて、日本人も一等国

の仲間入りを果たせたと大喜びしたんや」

「奇跡ですね」

「奇跡かもしれんが、それがこの国を見失わせる大きな原因になっ

たと司馬遼太郎は言っている」

「ふん」

「ただ、勝ったといっても実はもう限界でもうそれ以上は戦えなか

った。相手のロシアはさほど敗北感がなかったから締結を拒んだほ

どや。せやから日本は賠償金も獲れずに締結するしかなかった」

「ポーツマス条約ですよね」

「期待外れに終わった国民は日比谷公園に集まって耐えてきた不満

を爆発させ暴動が各地に拡がった」

「日比谷焼打ち事件ですね」

「それから、それまで冷静に判断していた政治家でさえ怪しい力に

縋ろうとした。だから、もしかしたらそういう社会の気分みたいなもん

が時代を変えていく大きな原因なのかもしれんな」

それまで黙っていたバロックが口を開いた。

「なあ、ゆーさん、それって今の日本と似てると思えへん?」

「そう言われてみれば、奇跡的な経済成長を果たした後にバブル経

済が崩壊して、確かに喪失感に苛まれた国民の不満は高まってる」

すると「ガカ」が、

「まさかバロックの言うように日本が戦争するとは思えないんだけ

ど」

それにバロックが応えて、

「あほっ、戦争は日本だけでするんとちゃう」

「中国?」

「さあ、それは解らん」

「ガカ」はそれ以上は問わなかった。そして、

「気分か・・・」

そうつぶやいて上体を後ろに倒して板の間に仰向けになった。そし

て、

「それでも今は近代文明を終らせようという気分なんて何処にも見

当たらないんだけど」

と話を変えた。わたしは、

「そらそうや、わたしかって何も文明を棄てて自然に帰れなんて言

うつもりはない」

「じゃあ、近代を終った後にはどんな世界があるというのですか?」

「それなんや、画家ーっ!それが大事なんや!」

「あれっ?今、ゆーさん、漢字で呼ばなかった?」

 封を切った一升瓶はすでに空だった。ご亭主がそれを見てもう一

本用意するかと聞きにきたので、わたしは誰にも訊かずにお願いし

ますと答え、そして話を続けた。

「まず、近代文明は欠陥文明であることを認識せなあかん」

仰向けになって聞いていたガカは、上体を起こして傍らにある空瓶

を取って囲炉裏越しにご亭主に渡しながら、

「何が欠陥なんですか?」

と言いながら再び胡坐に戻った。わたしは、

「つまり、人間が生産する製品は、製品そのものもまた製造する過

程でも大量のゴミを生むんや」

「ええ」

「わたしの言うゴミとは自然にとってのゴミということやけど」

「違うんですか?」

「たとえば、我々の体内から排出されるものはゴミとは違う」

「自然だから」

「しかし、人間の手を経ずには生まれなかった素材やモノは再び分

解されて自然循環に回帰するまでには果てしない時間が要るんや」

「それでも元はと言えば自然に在ったものですよね」

「あっ、ここで言う自然とは人間を含めた生態系を維持させるため

の狭い自然環境のことやけど、たとえば、放射能だとかは自然に存

在するけど、わたしの言う自然環境とは全く違う。ましてや人間に

よってもたらされる放射能汚染など論外や」

「生態系の自然ですね」

「そう。ただ、ゴミと簡単に言うけど主体が変わるとゴミだって宝

になるんやから」

「原発とか」

「まあそういうことやけど、自然にとってゴミを作り出すのは人間

なんやけど、近代になって大量生産できる技術が生まれ爆発的に増

大した」

「そうですね」

「その結果、自然にとってのゴミとは生態系を破壊する自然循環さ

れない膨大な量の物質のことだと言うてもかまわん」

「たとえば温室効果ガスだとか」

「知ってるやん」

「もちろんそんなことはよく解ってますよ。それじゃあ、どうすれ

ばその欠陥を補うことが出来るのですか?」

「簡単や。ゴミを出さんようにすることや」

「ゲッ!そんな」

「しかし実際はそうなんや。ゴミは拾い集めてそれから捨てんよう

にするしかないんや」

「それで新しい時代が開けますか?」

「そのためにはまず第一に我々の価値観を転換させなあかん」

「どう?」

「狭い経済合理主義だけを重視した社会を改めて、地球の中でしか

生存できない『地球』人としての現実を認識した『自然合理主義』

というか『地球合理主義』というか、もっと広い視野を持った自然

サイクルに則した生き方が求められているんとちゃうやろか」

「それじゃあ、自然に帰れと言ってることになるじゃないですか」

「確かにもっと便利な社会を創ろうなどとは言ってないけど、もっ

と豊かな社会にすることはできる」

「そうかなあ」

「わたしは何も近代文明の総てを否定しているわけでもないし、そ

のためには近代文明の欠陥を改善して積極的に利用すべきだと思う。

ただ、汚染された地球に一体どんな明るい未来があるというんや」

「要するに経済合理主義を改めるべきだと言ってるんでしょ」

「そう、経済性だけのために安易に棄てることが後々になって大き

な代償を支払わされることになる。我々の合理性は自然にとって決

して合理的とは言えんからな」

「でも、そんなこと出来る?」

「地球が狭くなったんやから、もう一個地球を造れない限り、そう

する他はないやろ」

「ぼくはもう後戻りなんて出来ないと思うけどな」

すると、

「おれも後戻りなんか出来(でけ)へんと思う」

バロックはそれまで黙って聞いていたが、ご亭主から一升瓶を受け

取って封を開けながらそう言った。そして、わたしの方へその瓶を

傾けてグラスで受けるように促した。グラスは零れんばかりの酒で

満たされ、口まで運ぶことができずにわたしは仕方なく口を近づけ

てそれを啜った。次に、ガカも同じ目に遭っていたが、バロックの

隣りに居ることが幸いして途中で瓶の口を掴んで強引に上に向けて

事無きを得た。荒っぽい気遣いを為し終えたバロックは自分のグラ

スには自ら手酌で注いで一気に呷った。彼はもう相当酔っていた。

「さっき、ゆーさんは司馬遼太郎の話をしたやろ。歴史は繰り返す

言うけど、この平成デモクラシーの時代はいやに大正デモクラシー

とシンクロしてると思えへん?」

「なるほど、平成デモクラシーね」

「民主主義が野放しにされ何もかも政治家の責任にして、首相を取

っ換えることで主権を行使し、せやから政治家はポピュリズムに傾

き、官僚たちは思惑通り政治家を操ってる。つまり、この国の誰も

がこの国の未来のビジョンを持ってないんや」

「それじゃあ、次は世界恐慌かな」

「実際、東アジアは緊張を高めてるんで、失業者対策だと言って自

衛官を増やすことなんか訳ない」

「実は、わたしの言う近代文明の終焉とは取りも直さずアメリカ自

由主義経済の破綻なんや。彼らの際限のない消費が負債をもたらし、

負債が足枷になって景気が悪化し、景気を良くするために金をばら

撒き、その結果、負債が膨らむ。つまり、我々が経験した失われた

二十年のアメリカ版をやってんのや。ただ、世界におけるアメリカ

のプレゼンスが弱まると世界から警察官が居なくなって一触即発の

危険性は高まるやろな」

「それでもアメリカは警官を退職しても自給することができるんや

ろ」

「ああ、グローバル経済を主張してきた当のアメリカが再びモンロ

ー主義に戻るかもしれん」

「そうなると日本はどうなるの?」

「輸出国を失った日本はアメリカの没落よりもずーっと早く破綻す

るやろな。そして次の輸出国中国の言いなりにならざるを得ん」

「それじゃあ、東アジアの覇権は中国のもんかいな」

「おそらく」

「それでも、ゆーさん、まだアメリカのプレゼンスには自由と民主

主義という大義名分があったけど、しかし、中国の覇権主義にはい

ったいどんな大義名分があるの?」

「何の!アメリカの対テロ戦争の大義名分なんて一般市民への空爆

で元も子もなくなってしもたやないか。それが泥沼化するきっかけ

になってアメリカの没落が始まったんや」

「じゃあ、大義名分なんていらない?」

「ああ、そんなものは何でもええんや。アメリカが撤退した後、中

国が武力を背景に軍事同盟を求めてきたら拒否できるか。かつて日

本がやったように」

「じゃ、やっぱり軍備増強しかないんや」

「ただ、その前に台湾があるわな」

「そうか。台湾が併合された時は次は日本か」

「いや、その前に中国自身が抱える国内問題があるよ」

「おお、日本は中国の民主化運動を積極的に支援すればええんか」

再び仰向けになっていたガカが口を挟んだ。

「もしかしたらその頃には、今の時代を平成ロマンなんて懐かしん

でいるのかもしれないね」

わたしは元嫁から託された任務のことなんかすっかり忘れて、バロ

ックとガカと日本の行く末を按じながら酒を酌み交わした。

                                  (つづく)



(二十四)

2012-07-11 05:28:37 | ゆーさんの「パソ街!」(二十一)―(二十
              (二十四)

 朝から何度もわたしのK帯電話から「アンパンマンのマーチ」が

流れてきて二日酔いでのた打ち回るわたしの頭を煩わした。ミコが

着信音を弄(いじ)ったに違いなかったが、選(よ)りに選ってアンパ

ンマンはないだろ。二万回目辺りの着信で仕方なく受信したら元妻

だった。その声はアンパンマンの歌よりわたしの頭を煩わした。

「何で出えへんの、さっきから何回も呼んでんのに」

「あーっ、ごめん、ごめん」

「そんでどうやった?」

「何が?」

「何がて、あんたバロックとミコのこと話したんやろ」

「したよ」

「そんでバロックは何て言うてんの?」

「何てって?」

「あんたバロックにミコのことを聞くために行ったんとちゃうの?」

わたしはその時に始めて自分に与えられた任務を思い出した。

「あっ!ちゃっ、ちゃんと話はしたよ」

「そんでバロックは何て?」

「んーっ、ま、ちょっとデンワじゃな」

「えっ!そうなん?」

「いやいやいやっ、そうじゃなくて、ほら隣りに、ミコも居るし」

「ほんだらすぐにこっちに来て」

「わかった、そうするわ」

わたしはその場限りのいい加減な対応をしてしまったが故に、元妻

に何て報告していいのか困り果ててしまった。

 外は雨だった。ゴム長に履き替えレインコートを羽織って元妻の

家に向かった。田植えを終えた農家にとっては胸を撫で下ろす恵み

の雨だった。そして、田んぼからは姦(やかま)しい蛙の鳴き声が、

まるでこの日のために凍てつく土の中で耐えてきたと言わんばかり

に、命がけの求愛の声を震わせていた。

「ミコに気付かれへんかった?」

「いや、田んぼを見てくる言うて来た」

「そっ。で、どうやったバロックは、何やて?」

「大丈夫、大丈夫!何も心配することないって」

「どう大丈夫なん?」

「えっ!」

「えっって、ちゃんと確かめたんやろ」

「まあな」

「もうーっ、ちゃんと言いーやっ」

「それが、ふたりともだいぶ酔うてたからな」

「何や!覚えてないんかいな」

「覚えてないちゅうか、忘れてしもたいうか・・・」

「ああーっ!もう辛気臭いな!」

「そない言うんやったらおまえの霊感で占うたらええやろ」

「あほっ、占いとちゃうわ!」

「ほんならおまえはどう思ってんのや?だいたい修行したんやった

らそれ位のこと分りそうなもんやないか、二人の相性とか」

「私なあ、バロックという人がもひとつよう分らへんねん」

「分らんとは?」

「あんまり話したことないし」

「話をせな分らんいうことは霊能師として大したことないんちゃう

か?」

「そうかもしれん。雑念が邪魔をして視えてけえへんねん。それで

も、あんたがバロックとちゃんと話をせんかったことだけは視えて

きたわ」

「あほくさ。ほな、帰るわ」

「何や、もう帰んのかいな。もうちょっとゆっくりしていきいや」

わたしはそのひとことで彼女を悩ます雑念の正体がはっきりと視え

た。

 蛙たちの求愛の叫びは慣れてしまったのかに耳に入らなくなった。

朝早く出かけて来たのにすでに昼を回っていた。元妻に暇を告げて

家を出ようとして引戸を開けた時、再び彼らの姦しい鳴き声に驚い

た。家に着くとすぐにミコが現れた。

「いったい何時まで田んぼ見てんの?」

元妻と話を交わした後ですぐにミコの声を聞くと、彼女も段々と母

親の物言いに似てきたなあとつくづく思った。

「ああ、ちょっと田んぼの水が溢れてたんで抜くのに手間取ったん

や」

「まさか『セフレ』のとこ行ってたんとちゃうやろな?」

わたしはドキッとして、

「あほっ、もうそれはいうな言うてるやろ!」

するとミコは、

「お父ちゃん、ええこと教えたろか」

「何や?ええことて」

「お母ちゃんな途中で修行やめて帰って来たんやで」

わたしは精一杯の平静さを装って、

「あ、そうかいな」

「何でか知ってる?」

「しらん」

「怖わなってんて」

「何が?」

「なんか声が聞こえるようになって、ああせえこうせえ言うねんて」

「どういうこと?」

「先祖の霊やて言うてたけど、それ聞いて私の方が怖なってそれ以

上聞かへんかった」

「ほんまかいな」

「うそや思うねんやったら『セフレ』に聞いてみいな」

「もう、それ止めっ言うてるやろ!」

「それで、こんなことしてたら人格障害になってしまうわ言うて」

「そんなこと言うけど、お母さんはもとから多重人格やないか」

「何や、お父ちゃんもそう思ってたん」

「もう慣れたけどな、テレビのチャンネルみたいなもんや。あっ、

今はNHKかっていう感じや」

「それで、どうしてもお父ちゃんの声が聞きたくなったんやて。ほ

ら、お父ちゃん何時も自分を見失うなって言うてたやろ、せやから

毎日念を送ってたんやて」

「念?」

「そう。そしたらすぐにお父ちゃんからデンワが掛って来たって言う

てたで」

「何やそれっ!そんなもんワシ全然知らんで」

「お父ちゃんはアンテナが壊れてるもんな」

「そんなこと分るんかいな?」

「私はなんとなく解るねん」

「ほんまかいな?」

「なあ、お父ちゃん、朝、『セフレ』のとこ行ったやろ」

「それ止めっ言うたやろ!もう、疲れたからちょっと寝るわ」

そう言い残して急いで自分の部屋に駆け込んだ。

 夜明けと共に降り始めた五月雨は昼を過ぎても止むことなく、新

緑を労わるかのような細かいピンストライプの雨が山々を潤してい

た。そして田んぼからは飽くことのない蛙たちの求愛の鳴き声がい

つまでも耳を煩わした。そのせいか、わたしは知らず知らずのうち

に何故か朝覚えたばかりのアンパンマンの歌を口ずさんでいた。



                                  (つづく)


(二十五)

2012-07-11 05:26:26 | ゆーさんの「パソ街!」(二十一)―(二十
                 (二十五)



 池本さんのお父さんが帰る日が来た。あやちゃんとお母さんはそ

まま留まって様子を見ながら暮らすことになる。お父さんまで仕事

を辞めて移り住むことは実際一家にとって大変なことなのだ。もち

ろん、池本さんが暮らす和歌山にも熊野の汚されていない大自然が

残されているので、態々(わざわざ)それを見逃して遥か遠方の地を

選ぶ道理はない。ただ、農家ほど近代技術を信奉し何の疑いも持た

ずに農薬(化学物質)に頼ろうとするので、空調の効いた都市のマン

ションの一室よりも被曝する可能性は高いと説明すると、

「ほしたら山奥でカシャンボみたいに生きるしかない」

「何?カシャンボて」

「熊野の妖怪てよ」

何よりも感受性を育む時期にいくら治療が第一と言ってもあやちゃ

んを実社会から隔離させることの不安が拭えなかった。どれほど本

を読んでもそこに書かれているのは過去の他人事であり、何と言う

か「衝動」を体感することが適わない。生きるということは本には

書かれていない無数の失敗や恥ずかしさや後悔のトラウマによって

更生される。それを体感できないということは自らの絶対性を照応

によって確かめる他者を持たないことになる。つまり、トラウマと

いうのは社会との関係性によってもたらされる。わが子を失った親

のトラウマは社会の中でその悔しさを増幅させる。我々はそのトラ

ウマと格闘しながら、トラウマを付き従えて生きているのだ。

 そこで久々の一句、



 「トラとウマ つき従えて 生きていく   ゆーさん」



 前日には前庭でみんなでバーベキューをして盛り上がった。あれ

ほど馴染めなかったサッチャンもスッピンに戻って自慢の声を披露

した。その素顔には能面のような無機質な化粧によって作られた美

しさにはない人間臭い温かさがあった。そのサッチャンも明後日に

はここを発つ予定だ。

 ガカは、どういう経緯かは知らないが、なじみのあの温泉を手伝

うことになった、とその時告げた。もちろん絵を描きながらなので

忙しい時間だけ手伝うことにしたらしい。それでも彼は、さっそく

温泉の近辺を探索して人を呼べるスポットがないかを確かめた。温

泉施設は、我々の処から見るとちょうど猫背山の向こう側にあって、

麓から猫背山の裏側を頂上まで続く登山道が出来ていた。しかし、

昨今は誰も徒労を楽しむ物好きも減り、ガカが言うには、滑らぬよ

うに施した山道の横木も到る所で朽ち果て、倒木が山道を塞ぎ、案

内板は書き込みが消え、木橋は底が抜け、さながら映画のインディ

ー・ジョーンズの冒険に出てくるような危険極まりない登山道だ、

ということだった。それでも、登山道の入口は天台宗の名刹の参道

を通って山門を潜り抜け、古の厳かな佇まいを今に留める仏閣を拝

して、かつては寺社の神聖な山道を案内に従って登り始めると、悠

久を生きてきた無数の巨木が刹那を生きる人間を見下ろすように聳

え、凛々(りり)しさが漂っていた。登山道は傾斜を緩めるために左

に折れ右に曲がりを繰り返しながら眺望を変えて、やがて見上げた

その先にバロックが造ったスカイツリーハウスが目に入ってきた。

ガカは笑いながら、「もしかしたら人を呼べるかもしれない」と言

った。ほぼ一時間余りの登山道は俄かに増え始めた初心者の高齢登

山者にとっても負担に耐えられるもので、ただ、放り投げていた手

入れさえ施せば、打って付けだ、と言った。そこで、手始めに登山

道を修復するので、わたしに草刈り機とチェーンソーの使い方を教

えてほしいと申し出た。

「山歩きと温泉、いまの健康ブームにはピッタリだと思いませんか」

ただわたしは、登山道の整備や山の手入れが、初心者のガカ一人の

負担に耐えるものではないと思った。

 池本さんが帰る時が来て、彼は途中にどうしてもあやちゃんと一

緒にあの温泉に立ち寄っりたいと言うので、今度は、池本さん家族

に元妻とミコ、それからサッチャンも付き合うことになった。我々

男たちは放り投げていた種まきや草取りを済まさなければならなか

った。作業を終えてガカの仕事のことをバロックに伝えると、彼は、

「そんなことで人が来てくれるかな?」

とガカの登山道再整備計画に冷や水を浴びせた。するとガカは、

「そら分らん。ただ、茨木か何処かの温泉が簡保からの払下げを引

き継いで万年赤字の経営を立て直したのは、遠方からの当てになら

ない一見客に頼るよりも地元のリピーターを増やしたからだってテ

レビでやってたんだよ。つまり、地元の人に如何に親しんでもらう

かが大事だと思うんだ」

「そらまあそうやけど、ただ、登山道の手入れなんかほんと大変や

で」

「まあ、焦らずにコツコツやっていくさ」

「よし分った。おれも出来るだけ手伝うわ」

「ありがとう、バロック!」

「それでも二人じゃ寂しいな」

するとガカが、

「あっ、そういえば山道のあっちこっちで『猫背山を愛する会』と

いう名前を目にしたけど、その人たちにも頼んでみたらどうかな」

それを聞いてわたしは、

「あかんあかん。そんなんとっくにあれへんって」

「なんだっ、そうなんですか」

するとバロックが、

「よしっ、そんなら『猫背山を(再び)愛する会』を立ち上げよう!」

「何か長い名前だね」

「じゃあ『N(F)A』っていうのはどうや?」

「それいい!それにしよう」

わたしは、

「それじゃあ、わたしもお寺の住職に檀家の人々に参加してもらえ

るように説得してもらえないか言うてみるわ」

「なんか急に出来そうな気がしてきた」

ガカは草の一本も取ってないうちから登山道に人が押し寄せる光景

を思い描いているのかもしれない。


                                                             (つづく)