(四十六)
サッチャンの「エコロジーラブ」はヒットチャートをゆっくり
と上がって、それは階段を登る風では無く、垂らされた縄を手繰
り寄せて登る感じで着実に上を目指していたが、ただ、いつ縄が
切られて地獄の底へ落ちて行くかは、上で眺めている神のみぞ知
るという危ういものだった。ただ、環境情報番組という地味だが
、それでも人々の関心の高まりに支えられた視聴率と共に、毎週
エンディングに流される「エコロジーラブ」はジワジワと人の耳
に残るようになっていた。
「ラジオに出るらしいよ。」
バロックが教えてくれた。
「何の?」
もちろん音楽番組だったが、夕方の番組で録音だった。バロック
と私は路上でのパフォーマンスを中断してその番組を聴いた。
パーソナリティーは彼女が路上で歌っていたことなどを驚きな
がら紹介して、彼女の名前について聞いた。
「どうして『サッチャン』っていうの?」
「路上の時にそう呼ばれてたんです。」
「本名なの?サチコとか?」
「いいえ、違います。源氏名です。」
「あははっ、源氏名かっ!」
「それでも、良かったです。たとえば、知らない人でもチャン付
けで呼んでくれますから。」
「そらまあ、『サッチャンさん』とは言わないよね。」
「呼び捨てだけど呼び捨てじゃないでしょ。」
「なるほど、近づきやすいよね。ところで、どうして自分のこと
を『サッチャン』て言うのかな♪~、アレ歌っちゃったよ!」
「へへへっ。」
「おおっ、面白い笑い方するね、サッチャン。」
「うん。あのー、名前って誰の為にあると思います?」
「誰のため?自分の為じゃないの?」
「違います、人に呼んで貰う為にあるんですよ。」
「あっ、そういう意味ね。」
「人が『サッチャン』って呼ぶのだったらそのままで良いって思
ったんですよ。」
彼女は嘘をついた。「サッチャン」に至った顛末はそうじゃなか
った。彼女は自分のことを「チカコ」と言うのが口癖で、それを
バロックが揶揄って「サッチャン」と名付けたんだ。
「もう、『チカコ』って言うてへんのかな。」
バロックが寂しそうにそう言ったが、私はサッチャンに集中した
。
「大体、今の子供の名前の付け方っておかしいと思いません?」
「あっ!読めない名前だろ、僕等もハガキの名前には泣かされる
んだよ。」
「人が読めない名前って意味が無いと思いません。」
「んーっと、そろそろ曲を紹介してもらおうか。」
パーソナリティーは何かを感じて話しを逸らした。そして彼女が
「エコロジーラブ」と言って彼女の歌が流れた。
私は、
「やばいんじゃないの、あれ?」
「やばいかもしれん。」バロックもそう言った。
(つづく)