「夢」
一か月くらい前だったか、大概の夢は目覚めと同時に忘れてしま
うんですが、そう言ゃあこの頃は、若い頃に比べて夢を覚えている
ことが多くなったといま気付きましたが、多分、現(うつつ)も残り
少なくなると生理的に夢の世界に親しむようになっていくからかも
しれませんが、その夢だけはしばらく頭から消えませんでした。
何をしていてだったか忘れましたが、とにかく言葉の意味が解ら
ない。そこで国語辞典を開いて調べると、仮に「等閑」という言葉
とすれば、「等閑」は載っているのでですが肝心の意味が空白なん
です。「等閑」の前後の言葉の意味は何か書かれているが「等閑」
だけが何も書かれていない、抜けている。「あれ?」と思って、パ
ソコンの前に座ってキーボードを打つと、同じように意味だけが空
白だった。「何で?」と思いながら、「そうだ!図書館へ行こう」
と、図書館まで行って広辞苑を開いてもまた意味が載っていない。
とにかく、そんなことを延々と繰り返しているうちに目が覚めた。
目が覚めても「どうして?」という思いだけは残った。そこで礑
(はた)と気付いた。つまり、自分の知らないことは夢の中でも知る
ことは出来ないんだ。性に目覚めた思春期のころ、夢の中で好きな
女性と抱き合いながら、いざ性交しようと彼女の股間を見るとモザ
イクがかかっていた。それでも目覚めたらどうしてか射精していた。
さすがに「等閑」の意味にはモザイクはかかっていなかったが、夢
の中では記憶にないことは現れないのだ。たぶん、私の夢の中に
現れる外人は日本語しか話せないに違いない。それが事実だとす
れば、たとえば夢の中に神様が現れてお告げを与えたなどというの
は、実は、性欲に促されて射精する夢精のように、強い願望から生
まれる妄想だろう。つまり、こう言えるのではないだろうか、夢が現
実の様々な拘束を遁れて如何に奔放に世界を創ろうとしても、記憶
を超越することはできない。われわれは想像力にしても何と現実に
縛られているのだろう。いやいや、そもそも想像力というのは現実か
ら派生するのであるから、現実と繋がらない想像など意味がない。
ただただ許せないのは、私の想像力が記憶の空白を補いもせず
にいい加減に、つまり「なおざり」に、否、待てよ、この場合は「おざ
なり」だっけ?ちょっと待って下さい、いま辞書で調べますから。
「あれ?」
(おわり)