(二十六)
高層ビルを水墨で描く試みは全くうまくいかなかった。直線ばか
りのモチーフを模写しても、殺伐とした、まるで建物の完成予想図
のような味気ないものになった。それは直線の捉えどころのない素
っ気無さからきていた。直線は人の感情や温もりを拒絶する。逃げ
場を失った感情は直線の上を行ったり来たりして、やがて線の端か
ら飛び出して、光になって永遠に向かい消滅した。つまり、人の思
いは直線に留めることが出来ないのだ。子供の頃、一番初めに定規
を作った人は、どういう方法で作ったのか知りたかった。だって、
その定規が直線を満たしているかどうか、定規がないから確かめら
れないじゃん、と思った。たとえば、重力のない宇宙空間で、人間
は直線だとか平面だとかの概念を知り得るのだろうか?否、そもそ
もそんなところに人間は存在できないのだが。つまり直線とは、重
力だとか光だとか、人間の知り得ない深い謎を秘めているのだ。落
下運動の最中にある我々は、幸いにも大地に止まっているが、死ね
ば地下に落ちることは物理学的に正しいのかもしれない。
あれこれ試行錯誤しながら、高層ビルの直線的な描写を止めて、
強弱をつけたダラシナイ線を引けば、それなりに温もりが生まれて
、高層ビル群を描いているにも関わらず、遠目にはまるで雪舟の「
秋冬山水図」に迫り、負けるとも勝らない傑作だと思った。私は思
わず、「これだっ!」と叫んで、雨上がの往来にその絵を持って飛
び出た。そしてすぐにバロックの部屋へ向かった。その日は朝から
雨模様だったので、バロックが部屋に居ることは判っていた。早速
バックから私の描いた「秋冬高層ビル図」を出して彼に見せた。す
ると彼は、布団の中から上半身を起こして一瞥した。
「上手くなったやん!」と言ってくれた。
「ありがとう」
「しかし、路上で売るには何か足りんな?」
「何?」
「シンボルが」
「シンボル?」
「うん、例えば東京タワーとか、そんなんが」
「・・・」
「馴染みのないもんには食いつけへんで」
「でも、東京タワーは此処にはないからな」
「そんなんどうでもええねん、兎に角、パッと見たら『アッ!』と
判らんとあかんて」
こうして私の絵には、明らかにそこから東京タワーが見えないやろ、
と思える絵でも必ず東京タワーが小さく描きこまれる様になった。
(つづく)