「生まれ出づる歓び」
(六)
間もなくして佐藤が作ったスマホ専用のAI搭載のアプリが配信
された。「AIによるあなたの将来予測」とサブタイトルがあって
、なんとタイトルは「一炊の夢」だった。そしてこれまでの占いシ
リーズで使われていたコミカルなキャラクターが一変して劇画調で
描かれていた。間近に卒業シーズンを控えていたこともあって、進
路の選択を迫られた若者たちからのダウンロードが瞬く間に激増し
た。それはすぐに業界でも話題になり、ネット上にはAI搭載アプ
リの可能性についての記事が殺到していた。おれはしたり顔の佐藤
を思い浮かべながら何度か祝福のメールを送ったが一度も返信して
来なかった。多分忙しくてそれどころではないのだろうと思って気
に掛けなかった。数日後、いつものように仕事帰りの電車の中で、
すでに空席が目立つ車両の座席に腰を下ろして、スマホでニュース
を見ようとして、一つの見出しに目がいった。
「生保の個人データ200万件流出、売買目的か?関係者を聴取」
おれはすぐに佐藤がつぶやいた言葉を思い出した。
「とにかくデータが欲しいんだ、それも個人の」
早速ニュースの内容を確かめると、流出したのは住所氏名は番号化
された個人情報で、そのデータから特定の個人に辿り着くには更な
る情報が必要だったが、それこそが佐藤が欲しがっていたデータに
他ならなかった。おれは停車した途中の駅で下車して佐藤にデンワ
をしたが繋がらなかった。彼の嫁さんの久美ちゃんにもデンワをし
たが繋がらなかった。そして「間違いない」、佐藤に違いないと思
って、こうなったら彼の家に行くしかないと思って、引き返すため
に対面する反対側のホームへ降りた。
人影のないホームに佇んで電車が来るのを待っている間に、彼が
作ったアプリ「一炊の夢」を恐る恐る開いた。するとアプリは通常
通りに使うことが出来た。彼のアプリは適職診断のようなアンケー
ト形式で、ただ一択ではなく複数の選択ができた。例えば「好きな
学科は?」という問いには文系と理系の二択があって両方とも選ぶ
ことができたが、そうすると選択の項目が画面をスワイプしなけれ
ばならないほど出てきた。なるほどこれがAIによるのだなと思い
ながら最後まで答えると予測結果が出て、職業、年収、地位、そし
て寿命までも、その確率をパーセンテージで予測してくれた。何と
いっも寿命予測がこのアプリの売りだった。もちろん検査データの
入力は必須だが、他にも既往症や食生活や生活習慣のの嗜好など多
岐にわたっていた。そして今の生活を続ければ何パーセント確率で
寿命何歳と表示された。おれは彼のアプリがまだ削除されずに残っ
ていたことにすこし安堵した。
スマホを弄っていると、ホームのアナウンスが次に来る電車が最
終電車だと告げた。その時、おれはその最終電車に乗ってしまった
ら、もしも佐藤の家に行って留守だったら帰れなくなると気付いた
。「やばい」今日は諦めて明日にしようと思って元の反対のホーム
に戻ろうとした。通路を上っていると最終電車が到着したのが分っ
た。「よかった乗らなくて」と思って元のホームに戻ってくると、
何故かホーム全体が薄暗かった。ちょうど駅員が掃除をしていたの
で、「次は何分後ですか?」と訊くと、「もうとっくに最終電車は
出ましたよ」と言った。そうだ!おれは最終電車に乗っていたのだ
った。おれは向かいのホームにしばらく止まっていた最終電車もベ
ルが鳴ると大きなスカ屁をして出て行った。静まり返ったホームに
独りとり残された自分はしばらく茫然と立っていた。
(つづく)