「明けない夜」
(十)
年明けにも仕事を辞めるつもりだったが、会社は、正月はイベント
の警備員や駐車場の誘導員の依頼が殺到していて人手不足なので二月
まで待ってほしいと言うのでそうすることにした。
新年早々からメディアはテロ組織の犯行による痛ましい事件や民族
対立による紛争を伝えているが、それらは「世界限界論」の下で新天
地を失くした資本主義経済が新たな市場を求めて進出したことによっ
てもたらされる拒絶反応である。近代化(西欧化)によって伝統文化が
廃れ民族アイデンティティーを否定された人々が原理主義へと回帰す
るのは何も他国だけの話ではなく、かつて我が国に於いても欧米列強
に開国を迫られた幕末には攘夷運動が起こって原理主義(天皇制)への
回帰が叫ばれ暗殺テロが横行し対立は激化して内乱へと拡大した。つ
まり、来し方を振り返ればわれわれの覚えのない世界のことだとばか
りは言えない。ただ、わが国にとって幸いにも産業近代化の波は起
こったばかりの時期だったことと、多くの識者が指摘するように、
単一民族として統治されていたことや農耕社会で築かれたその国民性
によって器用に転換を果たして、もちろん幾つかの波乱はあったが維
新を成し遂げた。しかし、たとえ国家体制を即席で近代化(西欧化)さ
せたとしても、伝統文化を拠りどころにした民族アイデンティティー
は途絶えることなく深層を潜って流れ、時を経て湧水のように噴出し
て西欧文化に対するコンプレックスが民族意識を甦らせ原理主義へと
回帰させ対米戦争へと向かわせた。そして更に付け加えるならば、近
年になってかつて侵略した近隣国の台頭による危機感から三度、あた
かも何らかの周期性が潜んでいるのかもしれないと勘繰ってしまうま
さにこの時期に原理主義への回帰が湧き上がっている。こうして見る
と、ただイスラム世界だけが何も特異な世界であるとは思えない。そ
の土地柄からなのか宗教による強力な呪縛から脱け出せないでいるの
だが、仮に近代化がもたらす豊かさが宗教的救済に取って代わられる
とするなら、彼らの民族アイデンティティーが失われることへの反動
から原理主義への回帰が声高に叫ばれることには一定の理解が及ぶ。
つまり、近代化とは宗教からの「解脱」にほかならないからだ。
(つづく)