「アキレスと亀 異聞②」

2017-11-07 06:03:22 | 短編


       「アキレスと亀 異聞②」


 若いアキレスは先にスタートした老いた亀を追い駆けた。アキレスは

すぐに亀に追い付いたが、亀を追い越そうとしたときに足元の亀を見失

って踏んづけてしまった。アキレスは亀の甲羅で足を滑らせ体勢を失っ

て翻筋斗(もんどり)打って倒れ込んだ。そして、

「あっ!痛ったー!」

不死の体を持つアキレスは踵(かかと)を押さえて転げ回った。

 アキレスは生れた時、母が彼を不死の体にするために冥府を流れる川

に息子を浸したが、母はアキレスのかかとを掴んでいたためにそこだけ

は水に浸からず、かかとだけ不死とならなかった。

 すると老いた亀は後ろを振り返って、

「よ若いの、前ばかり見てないで足元を見なきゃあ」

つまり、アキレスは亀を追い越すことが出来なかった。

それを遠くから見ていた敵軍の王子はしばらく考え込んだ後、

「そうか!アキレスは踵が弱いのか」

と言って手を打った。

 後に、不死の体をもつアキレスはその弓の名手である王子に、あのト

ロイア戦争で唯一の弱点である踵を射られて命を落とした。

                          (おわり)

 


「アキレスと亀 異聞」

2017-11-05 16:48:07 | 短編

 

         「アキレスと亀 異聞」


 若いアキレスは先にスタートした老いた亀を追い駆けた。アキレスは

すぐに亀に追い付いたが、亀を追い越そうとしてはたと立ち止まった。

「えっ!どこ?」

アキレスは亀の足跡をたよりに駆けて来たが、亀に追い付いた途端に広

い荒野の何処を目指して駆ければいいのか分らなかった。アキレスは仕

方なくのろい亀の後をトボトボとついて行くしかなかった。つまり、ア

キレスは亀を追い越すことが出来なかった。それを遠くから見ていたゼ

ノンはしばらく考え込んだ後、

「そうか!」

と言って手を打った。           

                          (おわり)

 

 


「カナ縛り」

2017-10-20 03:02:50 | 短編


         「カナ縛り」

 
「この部屋に男の人が入るの、あなたが初めてよ」

「へーっ、それは光栄だ。おれの部屋に君が来たのは、えーっと何人目

だっけ?」

「いいよ!数えなくたって」

 赤子の反応には「人見知り」だけでなく「場所見知り」ということば

もあるらしいが、高校生の時に一コ上の彼女が、今日は家に誰も居ない

から遊びに来ない?と誘うので、シッポを膨らまして、いやシッポを振

って着いて行った。彼女の部屋に入ると、いつまでも二人っきりで話を

したりゲームをしたりするつもりなどなかったので、イチャツいている

うちに絡み合って彼女のベッドの上に倒れ込んだ。しばらくして、彼女

の喘ぎ声が次第に大きくなって部屋中にこだまし始めた時、突然後ろの

ドアが開いて、「何やってんだ!」と彼女の喘ぎ声を遮るように大きな

怒鳴り声がして、振り返ると見知らぬ中年おやじが顔を真っ赤にして立

っていた。おれは何をやっているのかいちいち説明しようとは思わなか

ったが、ただ、そっちの方からだけは見られたくないなぁ、と思った。

その男は彼女の父親で、予定を変更して一人で戻ってきたらしい。もっ

とも彼女は「あの人、マジ親じゃないから気にしなくていいよ」とは言

ったが、そういう問題じゃないだろと思った。

 その時以来、おれの赤子は「人見知りは」はまったくしないが「場所

見知り」をするようになって、馴染みのない部屋はもちろんのこと、セ

キュリティーのしっかりしたホテルの客室であっても、コタツの中の猫

のように丸くなったまま全く反応しなくなった。

「早く入ってよ、他人に見られたくないから」

彼女は部屋の中からドアの前で躊躇っているおれを促した。

「ごめんごめん」

彼女の部屋は何処にでもあるマンションの2LDKだった。彼女がリビ

ングのドアを開けて中に入ったので後に続いた。すると突然奥の方から

何か物音がした。おれは、

「えっ!誰か居るの?」

「ネコが居るの」

ソファで寝ていたネコがおれの侵入に驚いて、部屋の隅に設えられたキ

ャットタワーに慌てて飛び移った音だった。彼女が言うには、それはノ

ルウェージャンフォレストキャットって種類で、小型の成犬よりも大き

かった。ネコはその最上部から大きな目でおれを見降ろしていた。

「大きなネコだね」

「でも、かわいいでしょ」

「さっきからじーっとおれを見てる」

「男の人を見るの初めてだから」

「オス?」

「それがね、くれた人はメスだって言ったんだけど、わたしもてっきり

メスだと思って飼っていたら、しばらくしてキンタマが出て来たの。そ

んなことってあるのかしら?」

おれは、ネコの性別の雌雄がどう決着するかよりも、彼女が「キンタマ」

と言ったことにビックリした。普段はおれが下ネタを言っただけでも厭

な顔をして窘めたのに猫を被っていたのかもしれない。彼女は帰途にコ

ンビニで買った惣菜などを持ってキッチンの方へ行ったので、おれはし

ばらくキンタマのあるメスネコと睨み合っていた。すでにテーブルには

彼女の白ワインとおれの焼酎が置かれていた。彼女は惣菜を温めて皿に

移し替えて、そしてグラスとアイスペールを持って戻って来た。ふたり

はさっそくカンパイをしてそれぞれのグラスに口を付けた。すでに彼女

はおれの部屋には何度も訪れていたので、つまり二人は「出来ていた」

のでいまさら何の気兼ねもなかったが、強いて言えば、おれの「場所見

知り」だけが気掛かりだった。そこでおれは何処に居るのか分らなくな

るまで酔っ払ってしまおうと思って普段よりもグラスを傾けるピッチを

上げた。やがてアルコールで理性を流し落とした二人は残った本能に促

されて絡み合った。別に官能小説を書くつもりはないのであまり閨房の

様を詳しく描写するつもりはないが、この酩酊作戦は性交、じゃなかっ

た成功した。彼女に誘われてベッドに移った時には何処に居るのかさえ

忘れて本能が意識を凌駕した。しかし飲酒がもたらした酩酊は気紛れで

思わぬ覚醒が訪れた。彼女が喘ぎ声を洩らした時に「あの時」の事が甦

った。思わず振り返ると薄暗い部屋の衣装箪笥の上からさっきのネコが

二人の行為をじっと見ていた。彼はさすがに「何やってんだ!」とは言

わなかったが、おれは、そっちの方からだけは見られたくないなぁ、と

思った。羞恥の記憶は現実への執着を喪失させる。すっかり酔いも醒め

て、おれの赤子は「場所見知り」をして忽ち萎えてしまった。散々彼女

の罵声を浴びながら、彼女が和室に用意してくれた布団にシッポを巻い

て退散した。

 どれほど眠ったのか覚えていなかったが、用を足そうと思って起き上

がろうとしても体が起こせない。ジタバタしているうちに尿意がひっ迫

してくる。ここで粗相をするわけにはいかないと焦ってもどうにもなら

ない。「あっ!こっ、これは金縛りだ」と思って大声を上げた。すると

彼女が部屋の引戸を開けて現れた。

「ちょっと、夜中に大きな声を出さないでよ!」

「かっ、金縛りだ!おい、この部屋、なんかいるんじゃないか?」

「縁起でもないこと言わないでよ。カナちゃんが上に乗ってるだけじ

ゃない」

頭を起こして胸元を見ると、おれの胸の上でネコが丸くなって寝てい

た。ネコを払い除けてトイレへ駆け込んだ。戻ってきたおれは、

「おい、さっきネコの名前なんて言った?」

「カナ、カナちゃん」

「えっ!カナ?」

「そう、オスかな、メスかな、って迷ったからカナちゃんにしたの」

「カナ・・・か」

「カナちゃん」は畳の上で前足をきちんと揃えて座りながら穢れのない

円らな眼でおれを見た。その眼はなにか別の世界から本能を弄ぶ人間た

ちのさもしい理性を観念的に窺っているように思えた。否、それともた

だおれのふしだらな情欲が清澄な無辜の眼差しに堪えられなかっただけ

かもしれない。しばらくして彼女とは別れた。

                          (おわり)


「檻の中」

2016-03-13 03:44:39 | 短編

              「檻の中」

 

 春の日差しに誘われて早春の訪れを感じようと郊外へと車を走らせた

が窓から吹き込む風はまだ冷たかった。古刹の看板に促されて脇道に入

って車を止めた。そして、さながら「北風と太陽」に弄ばれる男のよう

にコートを脱いだり着たりしながら人影のない山道を散策した。足元に

はやがて大きな草木に光を奪われることを見越した小さな草々が今を盛

りとばかりに日射しを浴びて色とりどりの小さな花々があちらこちらで地べ

たを覆っていた。木々を飛び交う小鳥たちの鳴き声が、ウグイスはまだ鳴

いていなかったが、時どき山々に谺して聴こえてくるほかは文字通り森閑

とした古刹への参道だった。曲がりくねった道をしばらく歩いて行くと斜

面に隠れた先の方からガチャガチャと不自然な音が聞こえてきた。歩を

速めて進むと道の傍らの坂の上に獣を捕えるために仕掛けられた鉄製の

罠に1メートル足らずの子どものイノシシが掛かってた。イノシシは罠

から抜け出そうとして何度も檻に体当たりを試みていた。そしてわたし

に気付くと身構えてからわたしの方に突進しようとしたがもちろん檻の

柵に阻まれてひと際大きな音でぶつかった。わたしは誰かに知らせなけ

ればならないと思って慌てて来た道を駆け下った。確か車を止めた辺り

には2、3軒の民家があったはずで、何処まで行けば辿りつくか分らな

い先を選ぶよりは賢明だと思ったからだ。するとすぐに、上って来る時

にはまったく気付かなかったのだが、山道に沿って流れる沢の向こうに

一人の老人が鍬を操って農作業をしているのが見えた。わたしは沢に掛

かる小橋を渡ってその老人に駆け寄った。人の良さそうな好々爺でわた

しに気付いて頭を下げた。わたしは早速イノシシが罠に掛かっていると

告げると、老人は、

「ありゃあ三日前に掛かったんよ」

と、事もなげに言った。つまりあのイノシシは3日間も檻から遁れよう

と虚しい猪突を繰り返していたのだ。

「正月にゃ三頭の親子がいっぺんに入っとたんでたぶんその連れじゃろ

う」

老人が言うには、母親と2頭の子どもは猟師が来てすぐに処分して引き

取ってくれたが、小さなイノシシ1頭では儲けにならないので何時処分

しに来てくれるのか分らないというのだ。わたしは、

「どうやって処分するんですか?」

と訊くと、

「槍で突き刺すんじゃ。大きいのは鉄砲で撃つが」

と言った。

「小さいから逃がしてやったりしないのですか?」

「バカ言うな、すぐに大きいなって田畑を荒らしに来るじゃろうが」

「ああ、そうですよね」

わたしは老人に手を止めさせたことを詫びて別れ、そして再び山道へ

戻ってイノシシが入った檻のある方へ歩を進めた。檻の傍まで来るとど

うしても気になって坂を駆け上ってそっと檻に近付いた。イノシシは疲

れ果てて寝ているのかわたしには気付かずに体を横たえていた。しばら

くじっとして檻の中のイノシシを見ていると何だか情が移った。間もなく

彼はたぶん槍で突き刺されて殺されてしまうだろう。彼の母親や兄妹た

ちが死んだように同じ罠に掛かって殺されるのだ。それにしても何で母

親たちが罠に掛かった檻に近付いたりしたのだろう?勝手な想像だが、

彼がその檻に近付いたのは母親の臭いに誘われたからかもしれない。

そう考えるとなんともやり切れない感情に苛まれた。何としてもあなただ

けは生き延びてと願う親心が、一心に母親を求める子には届かなかった。

親子の絆が彼を道連れへと導いたのだ。

                          (つづく)


「夢」

2013-06-30 06:05:34 | 短編



        「夢」


 一か月くらい前だったか、大概の夢は目覚めと同時に忘れてしま

うんですが、そう言ゃあこの頃は、若い頃に比べて夢を覚えている

ことが多くなったといま気付きましたが、多分、現(うつつ)も残り

少なくなると生理的に夢の世界に親しむようになっていくからかも

しれませんが、その夢だけはしばらく頭から消えませんでした。

 何をしていてだったか忘れましたが、とにかく言葉の意味が解ら

ない。そこで国語辞典を開いて調べると、仮に「等閑」という言葉

とすれば、「等閑」は載っているのでですが肝心の意味が空白なん

です。「等閑」の前後の言葉の意味は何か書かれているが「等閑」

だけが何も書かれていない、抜けている。「あれ?」と思って、パ

ソコンの前に座ってキーボードを打つと、同じように意味だけが空

白だった。「何で?」と思いながら、「そうだ!図書館へ行こう」

と、図書館まで行って広辞苑を開いてもまた意味が載っていない。

とにかく、そんなことを延々と繰り返しているうちに目が覚めた。

 目が覚めても「どうして?」という思いだけは残った。そこで礑

(はた)と気付いた。つまり、自分の知らないことは夢の中でも知る

ことは出来ないんだ。性に目覚めた思春期のころ、夢の中で好きな

女性と抱き合いながら、いざ性交しようと彼女の股間を見るとモザ

イクがかかっていた。それでも目覚めたらどうしてか射精していた。

さすがに「等閑」の意味にはモザイクはかかっていなかったが、夢

の中では記憶にないことは現れないのだ。たぶん、私の夢の中に

現れる外人は日本語しか話せないに違いない。それが事実だとす

れば、たとえば夢の中に神様が現れてお告げを与えたなどというの

は、実は、性欲に促されて射精する夢精のように、強い願望から生

まれる妄想だろう。つまり、こう言えるのではないだろうか、夢が現

実の様々な拘束を遁れて如何に奔放に世界を創ろうとしても、記憶

を超越することはできない。われわれは想像力にしても何と現実に

縛られているのだろう。いやいや、そもそも想像力というのは現実か

ら派生するのであるから、現実と繋がらない想像など意味がない。

ただただ許せないのは、私の想像力が記憶の空白を補いもせず

にいい加減に、つまり「なおざり」に、否、待てよ、この場合は「おざ

なり」だっけ?ちょっと待って下さい、いま辞書で調べますから。

「あれ?」


                             (おわり)