駅前のとある地下につづく入り口をいくと、まことに薄暗い、バーでKは飲んでくれていた。
「どうしたんだ」とKは叫んだ。
どうもこうもない、あなたに突然に呼び出されて、ここにいる。
「そうすけ聞いてくれ。おれは三日前、落語を観にいってよ。あの日寒かったんでちょいと一杯ひっかけて行ったんだ。そこで大失敗。酔いと疲れと暖房で眠っちゃった。たぶん熟睡してたんだろうな。おまえ知っていたよな、おれの鼾さ。どうやら、やっちまったみたいなんだ。肩を叩かれて目が覚めたんだけど、次に出ててきた噺家がものを食べていようが居眠りしていようが、ここまで来ていただくだけでありがたいんです。ほんとうです、ありがたいんです、ほんとうです、本当ですよ、なんていいながらよ、酔っ払いの噺をやりやがんの。でも、そんときは馬鹿笑いしてたの。でさ、今朝、起きましょうというときに、ひょいと、あれはおれにあてつけて、やった噺だったんだって気がついちゃったの。もうはずかしいやら、ばからしいやら、朝から胸が悶えくるしいというわけなんだ」
うつろな目をむけたKは昔のKではなかった。
「たぶんよ。楽屋で言ってんだよな。あちらで眠っている方、こちらで食べている方。おれの芸が悪いんじゃない。今日の客が悪いんだ」
なんという妄想だ。
「そうだよ、おれが悪いんだ。おれは他人さまにご迷惑をかけている、厄介者ですよ。だがよ、俺だって知ってるんだ。酔っ払って高座にあがった・・・はなし・・・」
いびきが聞こえて来た。眠ったようだ。
Kが目覚めたら、西北西に沈んだ太陽に向って焦げた背をさすってやろう。もう生えぬ翼をほしがる天使よ。
薄くスライスをした海を綱渡りする。自らを破壊してしまった刀を捨てられずにいる愚か者よ。
同級生の女性だったら「自意識過剰ね。Kくんは」といわれるだろうな。