本日は、立て続けに二つの投稿を行うことにした。
何故かといえば、あまりにも愉快なので黙って居れなかったから。
引用したのは、同窓会のブログからの全文である。
無断掲載であるが心の広い彼なら許してくれるだろう。
近江百人一首(9)・・・淡海多田麻呂
(学生の頃はまじめ一方だったと思っていた、かような特技を持っていたとは・・・、唖然とさせられて居るのである)
☆ 逢坂の 関の岩かどふみならし 山立ち出づる きりはらの駒
藤原高遠(拾遺和歌集)
「逢坂の関で、はるばる桐原(長野県)から連れて来られた馬が岩角を踏み鳴らしながら忽然と現れたよ」という、めずらしく勇壮な歌である。
★ 大酒を ロックで過度に飲めるらし 席立ちこける 居酒屋のトラ
淡海多田麻呂
「高遠はんは、一条天皇さんの笛のお師匠さんもしてはったし勇ましい歌も詠まはった多才なお人やったのに、夜のお酒にはからっきし弱かったんどす。
うちの店で飲んで居眠ってしもて、手洗いに立とうとしてひっくり返ってしまわはってねえ。おまけに机の角におでこをぶつけはって、ぎょうさんて血ぃが出ましてなあ。
ご本人は怪しい呂律で、“ライジョウブ、ライジョウブ”なんて言うてはったけど、他の客は引いてしまうし、お店も大迷惑どしたわ。あのままでは賃走牛車に押し込む事も出来しまへん。
そやけど放っといたら広場に行って素っ裸にならはるかも知れへんし、検非違使さんに捕まったりしはったら、もっと大ごとどすしなあ」
彼は、某大手住宅会社の超お偉いさんだったこともあり、自身の過日の経験を踏まえて替え歌を詠んだものと推測している。会社の金で大石内蔵助のごとき豪遊を夜毎京の花街で続けたのだったことだろうと、やっかみ半分で楽しんだ。