真実を知りたい-NO2                  林 俊嶺

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ノモンハン 一等兵の記録

2008年04月10日 | 国際・政治

 下記は、東大卒でありながら、軍隊内での昇進を拒み、ノモンハン戦の停戦間際に例外的に上等兵に進級させられた兵士の戦争の記録である。大学卒業後の徴兵検査で「乙種合格」といわれ「やれやれこれで兵隊にとられなくてすむ」と思ったという一日本人が、召集令状で招集され、ノモンハンで戦い、九死に一生を得て生還するまでの貴重な戦争の記録である。
 様々な場面での迷いや自分なりの判断、思ったことや感じたことがそのまま正直に語られており、「冨長 信」という一人の兵士の「ノモンハン」がとてもよく伝わってくる。副題の「個人にとって戦争とは何か」を考えさせられる一冊であるが、今回も特に戦争における問題として確認したいところを何か所か抜粋したい。 「ノモンハン孤立兵の遺書ー個人にとって戦争とは何か」冨長信(農産漁村文化協会:人間選書)
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 下記は、筆者がハイラルに駐屯していたときのことである。 
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 私の立哨場所は、弾薬庫敷地内にさらに鉄条網の柵で囲われた、かなり広い範囲の場所だったので、二人が配置され、交代で一人が入り口の近くで立哨し、一人が柵内を動哨することになっていた。私と組んだ兵は小松君という同期兵で、背の高いのんびりとした男であった。
 柵内は入り口正面が広場になっていて、その広場の右側と正面奥に建物があり正面奥の建物の裏側にもちょっとした広場があった。これらの建物に何が収納されていたかは知らなかったが、この柵内の要所要所を巡回するのに約20分はかかった。私は、最初は何も気がつかなかったが、小松君が巡回して戻って来ると、「裏の広場は気味がわるいのう」と言った。よく聞くと竿に生が吊り下げられているということであった。次のときに巡回してみてそれが事実であることを知り、それ以後の巡回のときは気味わるい気持ちがした。しかしこの光景は、田畑の害鳥おどしに鳥の死体を竿に吊しているのとあまり変わらないように思えた。これは害鳥おどしとまったく同じ目的で、弾薬庫に作業に来る満人労務者に対する見せしめのものだったのかもしれない。それは満人労務者のおどおどした態度からも察せられもした。とにかく私たちは、ハルビン駐屯以来、満人の人格を認めないように、何かにつけ自然と慣らされてしまっていたので、こんな想像もしたのかもしれない。

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 上記の文から、国境紛争が満州人の立場からのものでないことがよくわかる。下記の文は、そうしたことと関わる戦争目的についてのものである。
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 ハイラルを出発して戦場に向かう道中から敵飛行機の姿はよく見かけたが、味方飛行機にはまれにしかお目にかかれなかった。敵飛行機はときにはわれわれを銃撃したり、ときにはわれわれに対し謀略ビラを散布して行ったりした。私はそのビラを拾ったこともあったが、それには蒙古文字で書かれた満軍の蒙古人兵に対するものがあったり、日本語のものがあったりした。将校らは「そんなものを拾って読んではいかん」とわれわれをいましめたので、熟読はしなかったが、内容は「君たちは日本の軍閥や資本家たちにだまされて戦場にかり出されているのだ。君たちの家族は君たちの無事生還だけを望んでいる。すみやかに銃を捨てて故郷に帰れ」というような、当時の左翼活動家のアジビラと同じような文体のものや、「私はソ蒙軍に投降したが、とても優遇されている。君たちも無駄に命を落とすことなく、投降することをすすめる。旧○○部隊△△上等兵」というようなものであった。
 当時の国内事情からして、銃を捨てて帰郷することや敵に投降することは考えられないことで、なんでこんな馬鹿げたビラを散布するのかと敵の無知ぶりを笑いさえした。しかし、今になってよく考えてみると、私の心のどこかには「なんのために戦争をしなければならないのか」という疑念がなきにしもあらずであった。このビラに書かれていることは、私の心に戦争に対する疑問をいくらか思い起こさせる刺激にはなったかもしれない。戦う兵が、その戦いの目的にいくらかでも疑問をもてば、わずかであっても戦う意欲が減少させられるのは当然のことで、このビラもまったく馬鹿げたものとは言い切れないのかもしれない。こんなことを考えていると、戦争というものは、誰からも支持される目的をもったものでなければ、その力が発揮されないことを改めて感じるようになった。
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 私たちはノロ高地の陣地確保を任としていたが、八月一日になって敵から攻撃をしかけられたので、その夜、私たちの部隊はこれを迎え撃つべく出撃して行った。私は休養を命じられていたのでこの戦闘には参加せず、軽装で出撃して行った部隊の者が陣地に残していった装具類を監視する任務を与えられた。この任務で陣地に残ったのは、私と大隊長の馬当番兵だった新山一等兵とであった。任務を与えられたとはいえ、赤痢患者の私は何もできずに、ただ壕内でじっと寝ているだけで、新山一等兵が私の世話をはじめ何もかもしてくれた。
 出撃部隊は敵の猛攻を防いでいたが、被害もかなり多かったようであった。その夜も重傷者が一人衛生兵に運ばれて来て、私の近くの壕に収容された。新山一等兵が聞いてきたところによると、腹部に銃弾を受けたのだが、戦闘中なので何の処置もできないのだということであった。その兵は一晩中苦しみの声を発し、その苦しみのもっていきどころのないままに、「なんのためにこんな戦争をしなければならないのか」と叫び、衛生兵から「何を言うか」とたしなめられたりしていたが、夜明けを待たずに苦しみの連続のうちに息を引き取った。

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 ここで、本書の「あとがき」(解説)を書いておられる一橋大学田中克彦教授のノモンハン・ハルハ河戦争国際学術シンポジウムでの発言を挿入しておきたい。少し極端とも思えるが、基本的には正しい発言であると思う。
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 ノモンハン戦争で戦ったことについても、先ほど参戦者の方々から報告があったが、そのこと自体は非常に立派ですばらしいと思う。日本の軍人として戦った意志を否定するつもりはないが、精神の中は空っぽだったのではなかろうか?自分たちが何のための戦争をやっているか参戦者はご存じなかったのではないか。これに対して、ソ連兵は自分たちが何のために戦っているかをよく知っていたことが、さきほどのワルターノフ報告でも裏付けられている。ソ連兵は少なくとも日本軍国主義に侵略されているモンゴル民族の国家を守るのだという意識があった。スターリンはいざ知らず、前線のソ連兵は兄弟である同盟国のために命を捨てた。しかし日本の兵隊は満州国を守るのだという意識すらなく、死んでいった。何という違いだろうか。
 それから日本は二言目には「東洋の平和を共産主義の侵略から守る」と言いながら、共産主義の支配下にあってそれと戦っているモンゴル民族を理解しないで戦争をやったことは、研究すればするほど残念で、私がこのようなシンポジウムをやりたかった理由はそのためであった。

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 下記は、筆者が捕虜殺害の命令について自問する場面であが、この時すでに捕虜は殺害する方針であったのかどうか気になるところである。
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 私たちが残敵を求めて進んでいると、逃げ損じた敵兵が上半身を裸にされ、荒縄でしばられ、第一線の兵に連れ去られている姿を見た。敵というものに対する感情よりも、自分がもしあのような姿になったときのことが想像されて、しめつけられるような想いをした。そしてしばらく行くと、銃声とともにあの敵兵からせられたと思われる断末魔の悲鳴が聞こえた。「なぜ殺さなければならないか」という気持ちと同時に、もし自分が指揮者から「殺せ」と命じられたときに、自分は命令に従うことができるだろうかという疑問も生まれた。さらに、そんな疑問が生まれるようでは、やはり一人前の兵とは言われないのかもしれないと思ったりした。
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 筆者は詳しいことは何も書いていないが、下記は書類焼却に関する部分である。あらゆる戦場で同じようなことがあったであろうことを記憶に残しておきたい。逃れることのできない「死」の命令と証拠の隠滅でもある。
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 その夕刻、小隊長は本部に集合を命ぜられ 、その集合から帰ってくると、兵を三~四名ずつ集めては小声で、戦況は楽観が許されなくなっていること、この陣地は一人でも生きている限り守り抜かねばならないこと、持参している書類はすべて焼き捨てることなどの部隊長の命令を伝えてまわった。そして私も、「今度はもう日本軍人として、昨日のようには後退できず、この陣地と命運をともにせねばならぬ」と覚悟ともつかず、あきらめともつかず、悲壮な思いに浸って、夜の闇の中でわずかな紙類焼却し、明日をまった。

  
             http://www15.ocn.ne.jp/~hide20/
          全文と各項目へリンクした一覧表があります。
 
 
 



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