自由民主党憲法改正草案には様々な問題があると思うのですが、それは、その前文に象徴的にあらわれていると思い、まとめておきたいと思いました。
きっかけは、5月3日(憲法記念日)の朝日新聞、世論調査の数字でした。それによると、”改憲「必要」45%、「必要ない」44%”ということです。過去の戦争指導層の思想を受け継いでいると思われる自民党政権の、憲法改正を目指す長年の取り組みによって、とうとう「改憲」必要と考える人が、「必要ない」と考える人の数を上回ることになったのではないかと思います。また、この世論調査で見逃すことができないのは、改憲派が数で上回ったということだけではなく、30代では55%が改憲を必要と考え、70歳以上の35%を大きく上回っていることです。
現在、日本の学校で使われている教科書は、日本の戦争の実態、とくに加害の事実をきちんと取り上げていないと思います。また、戦前・戦中の日本では人権が著しく制限され、学問の自由や思想の自由、集会の自由や結社の自由、信教の自由や表現の自由などがほとんどなかった実態や人権無視の事実もきちんと取り上げていないと思います。
そして、自民党政権が、戦争の事実を直視することなく、日常的に中国や韓国を敵視するような外交をくり返し、法や法の精神を無視するような政治をやっている結果が、世論調査の数字に出たのだろうと、私は思うのです。
敗戦後、世界的に高く評価され、多くの日本国民に広く受け入れられた日本国憲法の重要性や歴史的意味が、現在の若い人たちには理解しずらい状況になっているのだろうと思います。それに対して70歳以上の高齢者は、教育されずとも、直接見聞きしてきた話から、日本国憲法の重要性や歴史的意味が、認識されているということではないかと、私は推察します。
戦後まもないころから、ずっと”憲法改正”を主張してきた自由民主党の改憲の草案は、明らかに戦前回帰的で国家主義的だと、私は思います。また、人権を軽視する面もあるように思うのですが、それは前文によくあらわれているように思います。自民党改憲草案の前文は、下記の通りです。
”日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。”
すべての文章に問題を感じるのですが、
”日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。”
では、まず最初に「国」を取り上げること、そして、その特質を誇るように語ることが問題だと思います。現在の日本国憲法は、「日本国は」ではなく「日本国民は」で始まっているのです。最初の文章の主語を「日本国は」に変えたところに、私は自由民主党の国家主義的意図を感じます。
また、”長い歴史と固有の文化”を”天皇を戴く”などという「神話的国体観」を想起させるような言葉で「国家」に結び付けることにも問題があると思います。そうした特定の歴史観に基づくような記述は、憲法にはふさわしくないと思うのです。
二つ目の文章は
”我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。”
となっていますが、日本国憲法にある、”政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し”という過去の歴史に関する反省の文章が削除されていることが、とても問題だと思います。
「大日本帝国憲法」に変わって、「日本国憲法」が発布されるきっかけとなった無謀な戦争の反省を拒否し、発展の側面にしか注目しないようでは、近隣諸国との関係も改善されないと 私は思います。
三つめの文章は
”日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。”
とありますが、国民に”国や郷土を誇”ることや”気概をもって自ら守”ることを義務づけるかのような内容だと思います。国家のために国民が存在するかのような感じがするのです。
さらに言えば、日本国民が、”国と郷土を誇”ることや、”気概を持って自ら守”ることは、国家によって定められてはならないことではないかと、私は思います。
そうしたことは、「国連憲章」や「市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)」に定められた、「自決権」の問題だろうと思うのです。それらは自らの意志で決することではないかということです。
四つめの文章は、
”我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。”
とありますが、この文章も、国家のために、その努力目標を国民に示しているような内容で、国家主義的な感じがします。国民は”経済活動を通じて国を成長させる”道具ではないと思います。国家のために、国民がどうあるべきかということではなく、国民のために、国家がどうあるべきかということが定められなければならないと、私は思います。
最後の文章は
” 日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。”
とあります。この文章も、国民が、国の伝統やその継承のために存在するかのような内容になっていると思います。”良き伝統”という言葉が、何を意味しているのか明らかではありませんが、そうした歴史の評価を押し付けることも、”国家を末永く子孫に継承するため”に憲法を制定するという考え方も、やはり国家主義的な感じがします。
そして何より、日本国憲法前文にある平和に対する考え方や姿勢の表明がすべて削除されていることが問題だと思います。また、過去の悲惨な戦争を踏まえて、平和な国際社会を実現するために表明した「覚悟」も、完全に削除されています。
”われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する”という「平和的生存権」と呼ばれる人権に関わる文言の削除も見逃すことができません。
国境を超えて、人権を尊重しようという「平和的生存権」の記述を削除するということは、戦争ができる国にするためではないか、と考えてしまいます。
日本国憲法が、日本の敗戦の結果生まれたものであることを、自民党の憲法改正草案は消し去っていますが、そこに私は、かつての戦争指導層の日本国憲法改正に対する思いを感じます。
下記資料1は「日本国憲法」の「前文」です。資料2は、「市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)」の「第1条」です。
資料1ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
日本国憲法(前文)
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
資料2ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)
第1条
1 すべての人民は、自決の権利を有する。この権利に基づき、すべての人民は、その政治的地位を自由に決定し並びにその経済的、社会的及び文化的発展を自由に追求する。
2 すべての人民は、互恵の原則に基づく国際的経済協力から生ずる義務及び国際法上の義務に違反しない限り、自己のためにその天然の富及び資源を自由に処分することができる。人民は、いかなる場合にも、その生存のための手段を奪われることはない。
3 この規約の締約国(非自治地域及び信託統治地域の施政の責任を有する国を含む。)は、国際連合憲章の規定に従い、自決の権利が実現されることを促進し及び自決の権利を尊重する。