先日(12月25日)、朝日新聞の「オピニオン&フォーラム」の欄に「SNSが壊したもの」と題する、見逃すことのできない長文の記事が掲載されました。筆者は、佐伯 啓思・京都大学名誉教授で、著書は数え切れないほどあり、日本を代表する思想家といわれている学者です。
でも私は、佐伯氏の主張を受け入れることは出来ません。
記事の内容は、朝日新聞をはじめとする日本の主要メディアの考え方と、基本的に変わらないからです。
まず、佐伯氏は、SNSで発信される西側諸国にとって不都合な情報を、「陰謀論」と受け止めているようです。だからSNSにおける「虚偽情報」と「客観的事実に基づく情報」を寄り分ける努力や工夫については何も語られていません。そして、トランプ氏が「権力をもつ既存のメディア」対「真実を語るSNS」という構図を利用したと指摘しています。
でも現実は、佐伯氏が主張するほど単純ではないと思います。自らに不都合な情報をすべて「陰謀論」として退け、SNSで自らの主張を発信したトランプ氏を支持する動きを「トランプ現象」などとして簡単に否定できるほど、SNSの情報は、根拠のない、でたらめな情報ばかりではないと思うのです。
確かに、SNSがいままでになく大きな力を持つようになりました。兵庫県知事選挙における斎藤元彦氏の再選やトランプ氏の大統領選勝利、また、ルーマニアの大統領選におけるカリン・ジョルジェスク氏の勝利は、SNSの情報なしにはあり得なかったかも知れないと思います。
だから、どうしてSNSがそれほど大きな力をもつようになったのか、というこをきちんとした調査や分析に基づいて考察しなければいけないと思います。それをしないで、”SNS情報の多くは、当初よりその真偽や客観性など問題としていないのである。「効果」だけが大事なのだ。これでは少なくとも民主的な政治ががうまく機能するはずがないであろう。” などと結論づけるのは、まさに既得権益層を代表するような議論だと思うのです。
多くの人たちが、日常的に感じている不信感や疎外感が、既存のメディアではなく、SNSによって、掬い取られている現実を知るべきだと思います。
自由や民主主義、人権や多様性を掲げつつ、西側諸国が悲惨な戦争を支援し、停戦や和解の取り組みを放棄している現実、景気の回復が語られても、貧困問題が一層深刻になり、格差が拡大していく現実、資源に恵まれた中南米やアフリカの国々がいつまでも貧しく、西側諸国に移民が押しよせる現実、そうした現実から、現在の政治が、何かおかしいということを感じ取った人々が、SNSで、その答えを得るような情報に接して、既存メディアに頼らず、物事を考えることは、自然なことであり、否定されるべきことではないと思います。また、既存のメディアで取り上げられない重要な情報を発信しようとしている人物や組織があることも、無視してはいけないと思います。
だから、長文ですが、下記に、佐伯氏の文章の一部を抜萃しておきます。
”SNSが政治に与える影響は、日本でも先ごろの兵庫県知事選挙において大きなな話題になった。知事としての適格性が問われた斎藤元彦氏の再選は、SNS上の情報がなければありえなかったであろう。SNS情報が選挙結果を左右しかねないのである。
興味深いのは、ここで「既存のマスメディア」対「SNS」という構図ができたことである。新聞テレビなどの既存のマスメディアは公式的で表面的な報道しかしないのに対し、SNS上ではマスメディアが語らない隠された真実、本音が語られるとみなされた。
もちろんSNS情報は玉石混交であり、言葉は悪いが味噌もくそも一緒に詰め込まれているのだが、その中には「隠された真実」が含まれているというのである。
いうまでもなく、このような行動を最大限に利用したのはトランプ次期大統領であり、トランプ氏は、既存のマスメディアに対し、真実を報道しないフェイク・メディアと罵声をあびせ、自身の言葉をSNSで発信して拡散した。トランプ氏は「権力をもつ既存メディア」対「真実を語るSNS」という構図を利用したわけである。
この「トランプ現象」の特徴は次のようなものだ。「既存メディア」は民主党のエリートに代表される「リベラルな思想や信条をもつ高学歴・高収入の人々」と結託しており、彼らは口先では自由・民主主義・人権・多様性などというが、実際は「リベラル派のエリート層」の利益を代弁するだけだ、とトランプ支持者はいう。SNS流される一見むちゃくちゃなトランプ氏の独断の方が「真実」をついている、と支持者を見る。したがって、トランプ氏の言説を虚言と断定し、様々なトラブルでトランプ氏の法的責任を追及する既存メディアの裏には、何か反トランプの「陰謀」が張りめぐらされている、ということにもなる。トランプが戦っているのは、「リベラルな仮面」の背後にある陰謀である。こういう図式が「トランプ現象」を成立させている。もちろん陰謀があるかどうかなど誰にもわからないし、そもそもこれは陰謀だと言ったとたんにすでに陰謀ではなくなるので、陰謀のあるなしを閉じても意味はない。ただここで気になるのは次のことである。欧米においても、日本においても「既存のメディア」は、基本的に近代社会の「リベラルな価値」を掲げ、報道はあくまで客観的な事実にもとづくという建前を取ってきた。そして、リベラルな価値と「客観的な事実」こそが欧米や日本のような民主主義社会の前提であった。この前提のもとではじめて個人の判断と議論にもとづく「公共的空間」が生まれる。これが経済社会の筋書きであった。
SNSのもつ革新性と脅威は、まさにその前提をすっかり崩してしまった点にある。それは「リベラルな価値」と「客観的な事実」を至上のものとする近代社会の大原則をひっくり返してしまった。
民主政治が成りたつこもの大原則が、実は「タテマエ」に過ぎず、「真実」や「ホンネ」はその背後に隠されているというのである。「ホンネ」からすると、既存のメディアが掲げる「リベラルな価値」は欺瞞的かつ偽善的に映り、それは決して中立的で客観的な報道をしているわけではない、とみえる。
一方SNSはしばしば、個人の私的な感情むきだしのままに流通させる。その多くは、社会にたいする憤懣、他者へのゆがんだ誹謗中傷、真偽など問わない情報の書き込み、炎上目当ての投稿などがはけ口になっている。SNSは万人に公開されているという意味で高度な「公共的空間」を構成しているにもかかわらず、そもそも公共性が成立する前提を最初から破壊しているのである。
今日公共性を成り立たせているさまざまな線引きが不可能になってしまった。「公的なもの」と「私的なもの」、「理性的なもの」と「感情的なもの」、「客観的な事実」と「個人的な憶測」「真理」と「虚偽」「説得」と「恫喝」など、社会秩序を支えてきた線引きが見えなくなり。両者がすっかり融合してしまった。
「私的な気分」が堂々と「公共的空間」へ侵入し、「事実」と「憶測」の区別も、「真理」と「虚偽」の区別も簡単にはつかない。SNS情報の多くは、当初よりその真偽や客観性など問題としていないのである。「効果」だけが大事なのだ。これでは少なくとも民主的な政治ががうまく機能するはずがないであろう。”
そして西側諸国には、きわめて重要な事実が報道されなかったり、歪曲されて報道されている現実があるということを、私は、SNSを通じてではなく、「報道されない中東の真実」国枝昌樹(朝日新聞出版)から情報を得て、発信したいと思います。
自由や民主主義、人権や多様性を掲げる西側諸国の主要メディアが、「客観的な事実」の報道をしているわけではないという現実を、佐伯氏はどう説明するでしょうか。アサド政権に関して、西側諸国の主要メディアは、人権抑圧や拷問、化学兵器疑惑など、憎しみを掻き立てるような否定的な情報ばかりを流し、下記のようなクルド人に対する政策などはほとんど報道してこなかったと思います。
また、佐伯氏は、マルクス研究者の斎藤幸平東大准教授との対談の中で、”現代の資本主義は資本と経営の分離もあるし、株を持っていればみんな資本家になってしまう。資本家が労働者を搾取するというそんな簡単な話ではない”と語り、”さらに複雑なシステムがグローバルに絡み合う現代社会では、誰が誰を搾取しているのかが明瞭ではないと指摘。「僕はある人が得をして、ある人がとんでもない目にあっていると考えるのではなく、みんなが同じ価値観で同じシステムの中に入り、個人的な怒りはあってもなんとかやりすごそうとしている、そこに問題があると考える”と語ったことを毎日新聞が伝えています。でも、マルクスが資本論で展開した資本主義の骨格は、そんな時代の変化で簡単に崩れるようなものではないと思います。それは、一部の人間に富が集中し、格差が広がっている現実が示していると思います。「世界不平等研究所」(本部・パリ)の発表では、世界の富裕層と貧困層の格差が広がり、世界の上位1%の超富裕層の資産は2021年、世界全体の個人資産の37.8%を占め、下位50%の資産は全体の2%にとどまったといいます。”誰が誰を搾取しているのかが明瞭ではない”、などというのは、明らかなごまかしだと思います。さらに言えば、「リベラルな価値」と「客観的な事実」を至上のものとする西側諸国における近代社会の大原則など、現実には存在しなかったといってもよいと思います。かつての植民地主義による権力的な搾取や収奪は、新植民地主義にかたちを変えて続いていると思います。
下記を読めば、佐伯氏が、「リベラルな仮面」の背後にある陰謀を完全否定することで、既得権益層を守ろうとする議論をされていることは否定できないと思います。
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第一章 シリア問題の過去・現在・未来
シリアのクルド人問題
訓示で言及したクルド人問題とは、カミシュリやハッサケに多く住む無国籍のクルド人問題である。クルド民族はイラン、イラク、トルコ、そしてシリアにまたがって住み、その総人口は2500万から3000万人といわれる。これだけの人口があり、独自の言語と文化を持った民族でありながら、クルド人としての独立国家を持たない。歴史的にも1920年代にごく短い期間国家を形成したにとどまる。各国におけるクルド人の問題は微妙な扱いであり続けている。イラクでは現在クルド地域に自治権を与えているが、中央政府との間で緊張関係があり、独立を画策しているようだ。トルコでは「クリディスタン労働者党(PKK)」の取り扱いが大きな国内問題となっている。
シリアルにおけるクルド人の人口は200万人余り、イラク、イラン、トルコ、そしてシリアは近接しあっているので、クルド人たちは当局の目をかいくぐって国境にとらわれずにお互いの間を行き来している。1962年当時のシリア政府は、シリアに居住するクルド人の一部がこうした不法入国居住者であると疑い、同年にハッサケ県内で国勢調査を実施した。独立以前における電気や水道料金の支払いを証明する書類など、何らかの物証によって1946年の独立以前からシリアに居住していたと証明できればよく、できないクルド人は1946年以降にイラクやトルコから移入した居住者と認定してシリア国籍を拒否した。当時の政府は、シリア国籍を拒否されたクルド人はイラクやトルコから移住してきたはずなので元の国に戻って法的手続きを尽くした上で、改めてシリアに入国するべきであるとした。
こうしてシリア国籍を剥奪されたクルド人は10万人ほどにも上ったが、元の国に戻るという選択肢はまったく現実的でなく、彼らは無国籍者あるいはシリアに居住する外国人となった。彼らはシリア国内で国民が享受する無償教育も無償医療も享受できない。医療は有償である。不動産取得の資格もない。パスポートも所持できない。時代が経つにつれて彼らの人口は増加する。無国籍クルド人問題は、パーフェズ・アサド大統領時代には省みられることはなかった。2010年ごろにはその数は30万人に上るという見方も語られていた。
バシャール・アサド大統領になると変化が現れる。2002年春、大統領は東北地帯を訪問し、無国籍クルド人問題への対応を表明した。2004年3月、ラッカ市で行われたサッカー試合判定をめぐり、アラブ系市民とクルド人たちが衝突し、そこに治安部隊が介入して死亡者を出すと、2005年、バアス党第10回党大会決議で無国籍くるど人問題の解決に言及。それ以降政府には表だった動きがなかったが、2010年9月に大統領はある会談の際に問われて、この問題は人道問題であってクルド人たちの権利保護をあまり先延ばしすることはよくない、その一方で統治上の問題でもあって、国籍を付与する範囲をどこに設定するのかバランスの問題がある、自分はその数を10万とする方針をすでに固め、公表、・実施のタイミングを図っていると述べるのだった。
2011年3月に民衆蜂起が起きると政府は4月7日、無国籍クルド人にシリア国籍を付与する決定を公表して直ちに手続きを開始した。政府は広報に努めるとともに、国営通信はそれ以降随時申請状況を報道した。同年12月5日には内務省次官の発言として、それまでに約6万5,800件、10万5,215人の申請を受け付け、すでに6万4,300人に対して身分証明書を発給済み、あるいは発給の用意が整っていると報道した。2012年に入ると関連報道は消えた。
この措置の結果、最終的にどれほどの無国籍黒クルド人が国籍を得たのかは明らかではない。政府批判派はこの措置で国籍を付与されたのはせいぜい数千人どまりだったという。その一方で、ダマスカスに居住し、政府には是々非々の立場をとるクルド人は筆者に対して、政府の措置で対象となったクルド人は国籍を得て半世紀来の懸案が解消したと評価するのだった。
2011年4月21日、大統領が訓示した通り、政府は非常事態令と国家治安裁判を撤廃し、デモの自由に関する法令を導入した。国内の政府批判派はこれらの措置について一定の評価を示す一方で、改革を求める国民の息吹に応えるためには一層の措置が必要であると指摘した。米国務省報道官は国民の要求に対するシリア政府の行動は不十分で、政府で措置できなければ国民がより多くのことをする自由を与えなければならないと批判し、シリア政府の措置を評価しなかった。29日には米国政府としてアサド大統領の弟で共和国軍第四軍団司令官のマーサル・アサド准将、大統領の従兄弟でダラアの前治安機関責任者ナジーム大佐、総合諜報機関のアリ・マムカータ長官らを制裁リストに加えた。
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