【2024年】ツイッターつぶやき
道交法改正案が参議院を通過したそうです。
今回は自転車に対する罰則が強化されるそうで、反則金は原付バイク並みだそうです。
酒酔い運転やスマホなどのながら運転、軽い罰則では傘をさしての運転など。事細かに罰則が規定されています。
最近ひょっこり自転車運転の人が捕まりましたが、自転車も歩行者と同じように運転をしていますからね。
以前右側運転をしていた自転車が歩行者とぶつかりそうになり倒れていましたが、「信号を守っていたんだから、歩いていたアンタが悪い」と怒りまくっていました。しかし信号機は左側通行のためについている。
歩いていても車に乗っていてもひどい自転車運転が目立ちます。
やはり事故防止のための罰則でしょうか。最近は自転車の賠償保険が火災保険等につくようになりましたが、交通ルール違反となれば、対車との事故も責任割合も違ってきますね。車が悪いでは済まなくなる。下手すれば車への保証も出てきますね。
でも、何でも罰則強化ばかりではだめでしょう。
≪過去の記事≫
【2004年】
やっと風邪も治ってきました。
今日は蒸し暑いです。
道を歩いていたら、自転車を押していたおばあちゃんが座り込んでいました。案外車の通りが多い歩道のない道なので心配をして声を書けたら、いきなりいやな顔をしむくっと立ち上がり歩き始めました。どうも不審な男に見られてしまったらしい・・・とほほ
これを見ていたおばちゃんが僕に、「あんた、余計なおせっかいしちゃったようだねぇ・・・」と。なおさらとほほ・・・・・
でも顔色が真っ青で心配でした。急に蒸し暑くなってしまいましたからね。
風邪も治ってきたので、缶チュウハイを買ってきました。缶ジュース並の値段です?ビールはカロリーが高いと思いチュウハイにしていたのですが、いつも飲んでいるのは甘すぎるのでどうも変だと思うんです。糖分があるんじゃビールと同じですからね。今日は果汁とウォッカだけのものにしました。うまいかなぁ。。。。
そう、そう・・・・
チュウハイといえば焼酎かと思ったらウォッカなのですね?
【2005年】
(記事なし)
【2006年】
(記事なし)
【2007年】
(記事なし)
【2008年】
高野豆腐を中華風に。。。。
味覇(ウェイパァー)のスープにもどした高野豆腐を入れて少し煮込みます。
そこに冷凍の小エビ・イカ・ホタテ(よくスーパーの冷凍品売り場で売っているもの)を入れて火を通します。火が通ったら解き卵を入れ、長ネギのみじん切りと胡麻油を入れてかき回したら出来上がり。
消費期限が一日過ぎてしまった鶏肉。。。。
どうしようかなと思いましたが、よく煮れば大丈夫かぁと思い、味噌味で煮込みました。煮込みですからよく火が通るので大丈夫かと思います。。。ううう
【2009年】
(記事なし)
2010年
昨夜、群馬県の天気を検索したら晴れ。。。。
思い聞いて水上方面に出かけて見ました。目的は晴れた青空の下の残雪残る谷川岳とイタリアンレストラン「ラ・コンシェルジュ」
どちらがメインかといわれれば両方としか答えられない。
ロープウェイを登ると眼下に残雪と雪解け水が流れる細い川が見えました。見上げれば谷川岳。谷をたくさんの雪を残していました。ロープウェイを降りてさらにリフトで登ると谷川岳が真横に見えます。山は春ですから少し霞んでおり、からっとした青空とまではいきませんでしたが絵葉書で見るような谷川岳の姿を見ることができました。谷川だけに続く山々。。。。穂高もきれいでしたよ。天神平のスキー場はシーズンは終わっていましたがまだたくさんの雪がありました。
山の上は寒いかなと思ったのですが、日差しが強くて暑いぐらいでした。リフトに乗っていると腿のあたりがひりひりするぐらいでした。1時間ほどしかいなかったのですが、日焼けしたかなぁ。。。
平日にもかかわらずたくさんの年配者が来ていました。
ある年配の男性とロープウェイで一緒になったのですが、頂上に着いてからも山の名前などいろいろと教えていただきました。こういうふれあいもうれしいですなぁ。
リフトで下るのですが。。。。
ううう・・・・高所恐怖症だったことを忘れていました。
登りは上ばかりをみているので大丈夫なのですが、下りは一気に眼下に広がる世界が見えてしまいますからなぁ。。。。手すりの棒にしがみついてしまいました。手のひらに汗が出て握り棒がすべる。
さて、ラ・コンシェルジュですが、昼飯時に水上方面に行くと立ち寄るレストランです。
うん。。。なんていうのか、もちろん料理はうまいですしボリュームもあります。サラダも量が多いしレタスはシャキシャキ。ドレッシングはレモンであっさりした風味で好きです。横に熱々のパンがあるというのもうれしい。ハッシュドビーフもあっさりした味でうまいし、日替わりのパスタも好きな味です。うまいのですが、どこか味に個性があります。デザートもアイスクリームとイチゴのロールケーキ。お店自体もきれいで雑貨売り場も感じがいいです。大きなガラス越し見える風景は、畑の向こうに谷川岳が。
このようにお店自体も料理も好きにはすきなのですが、居心地がいいということなのかな。。。。ぼうっとコーヒーを飲みながら畑の向こうの谷川岳を眺めていると落ち着きます。お店の方も感じがいいし。。。。はじめて行ったときの年配の女性のお話が素敵でした。。。。今日のお店の女性も感じがよかった。梅雨時の雨の風景の中、ぼうっとするのも楽しいかな。
この居心地がいいというのが気に入っている一番の理由なのかな。
そういえば、いつも行く喫茶店も居心地がいい。
本も読んでいて居心地がいい作品や作家が好きになります。
あっさり系の居心地のよさ。。。。。。そういえばお店のホームページに年配の男性ファンも多いと。。。。わかる気がするなぁ。。。
また行きたいなぁ。。。。
2011年ツイッターつぶやき
海外旅行などに行ったときに不安になるのが言語ですしもちろんコミュニケーションの大きな壁が言語です。以前テレビで見たのですが、今はすごい翻訳機が出ているそうでコンピューターの速度も高まり瞬時に翻訳をしてくれる。
我が家は先日パソコンを買い替えたのですが、そこで一番に気づいたのが速さと翻訳機能が手軽にできること。「こんなこと今更・・・・」などといわないでください。パソコンやネットというものを使ってはいるが疎い者にとっては驚きだったのですから(笑)
文章を反転させて右クリックをするとそこに「翻訳する」と。それをまたクリックすると翻訳ページが出てきて先ほどの文章をコピーして貼り付けると世界の言語を日本語に翻訳してくれます。驚きました。。。
ネットは世界につながっています。
コミュニケーションというものが(情報も含め)一番のネットの素晴らしいところですから、世界につながっているあらゆる言語の文章が翻訳できるということは必須なものです。それが瞬時にできるということは真に言語の壁をなくしたネットというものが生きてくるということですね。ブログもツイッターなどもまさにその意味で世界をつなげるものとなったということです。
僕は漱石ファンで全集を読みましたが、その中で唯一断念したのが英文の文章でした。英文学の学者でもある漱石ですからなぁ。。。。本をパソコンに取り込んで翻訳すれば読めますね。こういう面でも使い道が出てきました。
しかしそこに「待てよ?」というものが頭によぎります。
さてどこまで正しく翻訳されるのか?誤字はともかくとして僕のようなものが書いた文法などに不安がある文章が翻訳可能なのか?ということです。
そこでこれから実験です(笑)
昨日書いた僕の文章はなんだか回りくどい文章でしたがこのような文章がどのくらい(というのかどのように)翻訳をされるのかを試してみます。まずは僕の文章を英訳する。そしてその英訳をまた和訳すると、その和訳と僕のもとの文章とどのように違うものになるか?ただ元に戻るというように機能が鳴っているのかな?
原発事故は人災で以前から心配されていたのですから全くの偶然ではないのですが、やはり地震や津波という偶然に事故という必然が具現化されて偶然となる
↓ (英訳)
In man-made accident that concerns from the previous is sheer coincidence but is not still earthquake and tsunami said, been embodied in that accident prevention is inevitable by chance and coincidence
↓ (和訳)
前からの懸念は全くの偶然では地震と津波ではないが人工の事故で、事故防止が必然的にはチャンスと偶然の一致で体現して
やはり文章が正しい日本語でなければだめですなぁ。。。。
原子力発電事故は人災ですが、その意味では以前から事故が起きることは心配されていたわけです。ですから原子力発電事故はまったくの偶然ではないということになります。しかしこの原子力発電事故は必然だったとしてもこの必然はやはりその時に地震や津波が偶然に起きたから必然となったのであり、必然は偶然を通して現れる
と、書き換えると。。。。
↓(英訳)
Man-made disaster is a nuclear power plant accident, in that sense before accidents occur is that concerns. So if a nuclear power plant accident at all of it is not by chance that it becomes. But from this nuclear power plant accident was inevitable and even this inevitable still during the earthquake and tsunami accidentally happened was inevitable, and inevitably emerges through a coincidence.
↓(和訳)
人災、原発事故は、事故が発生する前にその意味で懸念。だから、原子力発電所事故場合は、すべてのそれはそれになる偶然ではないです。この原子力発電所事故必然だったし、もこの避けられないは、地震と津波が誤って起こった必然的、偶然を必然的に現れます。
うん。。。。やはり翻訳に耐え得る文章とは正しい日本語からですなぁ。。。。。
外国の方も正しい文保で書かれているかどうかはわからないわけですから、翻訳とはある程度「こういうことを言っているのかな?」程度の一般人同士の片言のコミュニケーションが可能ということではないでしょうか?
でも、片言でもわかれば互いに笑いあえますね。
2012年ツイッターつぶやき
(記事なし)
2013年ツイッターつぶやき
(記事なし)
(追記)なぜか旧ブログをまとめたときに5月17日が二つになっていました。どちらかが日付などの間違いかと思うのですが。。。。
一応昨日の分と両方残しておきます。
【2014年】ツイッターつぶやき
すみませんツイッターのツイートのまとめですからまとまりがありませんが、僕は日本人は自ら考えて社会を発展させてきた歴史に依拠をしたいのです。それは自由・民主主義そして平和主義です。もちろん足りないものはたくさんありますが発展性を持った中に克服できるものだと思います。
集団的自衛権のような防衛の話になると、敵が攻めて来たらという仮想の想定が先立つ。そこには仮想敵国が必ず想定され、防衛についても極端な想定では先制攻撃(たとえば核攻撃をされる前にその核装備を攻撃するなど)も仮定される。これが積極的平和主義です。ここには必ず戦争への道が開かれている。
これに対する従来の平和主義は、敵が攻めてきたときと想定するのではなくて攻めてこない国際関係を築くことを作り上げていくことです。常に平和的解決の道を自ら捨てないということです。安倍政権は対中国とのこのような従来の平和主義を追求しているかといえば残念ながら仮想敵国に。
安倍総理も中国に対して(韓国に対してもでしょう)いつでも対話の扉を開いているといっていますが、その扉には靖国の鳥居があったり領土問題での全面的譲歩がある。
この中での積極的平和主義での集団的自衛権ですから、アメリカそしてアメリカを通じた韓国との同盟関係もアメリカ・韓国に対しても先ほどのツイートに書いた「扉」の中身の承認を求めるということです。もちろん世界に対しても。集団的自衛権は普通の関係だといわれますが扉の中身です
仮想の想定で集団的自衛権などを言いつつ平和主義が現実的でないといった論理はどこか変でしょう。平和主義は戦後日本を戦争をしない国として維持してきた事実がある。この中で集団的自衛権がどうしても必要であって不都合が生じたという事実は?今後起こる事態というのは平和的解決も考えられること。
原爆による長崎の水源地のプルトニウム汚染が続いているという事実をはじめて知りました。他の方はどうでしょう?この「事実を知る(伝える)」ことを否定してはならない。
事実を知らせることによる国民一人ひとりの判断の結果は風評被害とはいえない。逆に事実を知らせないことにより国民が判断できない中での行動自体が風評被害によるものとなることがありえる。
戦後の日本はアメリカの押し付けの中で変わったのだろうか?それは間違いで、幕末のころにはすでに新しい思想も入ってきたし、明治はさまざまな新しい文化を開花させた。大正デモクラシーはひとつの日本の方向性だった。戦後はこれらの日本人が持つ先進性を再度開花させたのです。だから発展は早かった
震災の復興や原発事故の終結にはこの日本人の先進性において解決されるでしょう。それは国民自身の自主性の開花です。見つめねばならないものは見つめてそこからどうするかを考える力を日本人は持っています。幕末から明治、デモクラシーそして戦後に血肉とした自由と民主主義の発展に
政治はここに依拠をしていかねばならないのです。
【2015年】ツイッターつぶやき
(記事なし)
【2016年】ツイッターつぶやき
(記事なし)
【2017年】ツイッターつぶやき
国会内の政党の勢力は選挙によって決まる。
この意味において圧倒的多数勢力は民主主義にによる。ただしこれはポピュリズム的な国民の誘導によって行われる選挙ならば民主主義からの逸脱となるでしょう。現在北朝鮮の危機が言われる。しかしこの危機だけを国民に煽るだけならば一種のポピュリズムである。ここから軍事優先の国家が正当化されない。
国会運営とその討議が国民が納得する内容において決定をされない多数決はやはり民主主義ではない。多数決を機械的な理解において民主主義として強行採決を行うならば、これは独裁となる。これが政治の腐敗に結びつきそしてその解決がないがしろになり自浄能力がなくなれば独裁は完成する。
国家は中央集権制である。
しかしその中央集権制は国民の議論の集約において統一されたものである。中央集権と独裁はいつもイコールではない。数の力による独裁は中央集権制ではない。
地方への権力の分散化は、国民の総意を作り出す一つの民主主義の形である。しかしこれは中央に集約されねばならない。
常に多数が正しいとは限らない。ならば数の力による多数決は社会を悪い方向に導くでしょう。常に少数に正しさがある可能性があることを忘れてはならない。多数の意見による政策の誤りがはっきりした場合又は矛盾を見た場合は、多数者は少数に従うことが民主主義である。何も解散総選挙で民意を問うなどというものは形骸化した民主主義である。ずっと道半ばでごまかすことはできないはずです。
以上書いたことは、なにも政治の世界に限ったことではなくて、社会の中にあるあらゆる組織にも当てはまるものである。特に巨大企業が同じ過ちを犯すならば政治矛盾の深まりが経済矛盾に深化していくでしょう。こうなると社会の立て直しは相当厳しくなります。
【2018年】ツイッターつぶやき
gooお題「忘れられない旅の思い出は?」
旅の思い出。。。。。
あの旅は良かったというものがないのです。
旅の途中の瞬間の思い出が時間の流れを越えてよみがえってくる。
これが忘れられない旅の思い出ですね。
二十歳前後から結婚するまで青春の思い出は本と喫茶店と旅です。。。。。。
幸いに休暇は消化できるほどに取得できましたので旅と言えば1週間ほど行っていました。長いときは半月とか。。。。。。逆に休暇がなくなり、どうしても旅心が抑えられない時は京都や奈良を日帰りで。。。。。。
旅の途中の瞬間の思い出、これは宝ですね。心の。
観光地などの風景というよりも、偶然見つけた小さなお寺や歩いていたら民家でマキで夕餉の支度をしている香りとか、パン屋のおばあちゃんとか、早朝の神社で出会った狐とか、メスを廻りに従えた発情期の牡鹿に追いかけられた事やら。。。。。いろいろなことが頭の中をよぎっていきます。中でもお寺の住職さんにインスタントラーメンをお御馳走になったり、数時間もいろいろなお話をしていただいたことやら。。。。
心の中が淋しくなった時にふと浮かんでくる旅の途中の瞬間の思い出。。。。。
旅というのは日常なのかもしれません。
ならばこうして毎日平凡に生活する日常もまた旅かもしれません。
20代の頃からこう考えて生きてきました。すると案外気楽なものです。一人旅が好きでしたから、こうした毎日の日常の中もよく見れば一人で旅をしているようなものです。その中で旅の途中の瞬間があるわけです。
【2019年】ツイッターつぶやき
ロイターに「制度疲労の日銀緩和、求められる令和の政策大転換」という記事があった。
平成時代の日本特に安倍政権の金融緩和を振り返りながら日銀の制度疲労をまとめている。
その中で注目されるのは、
「日本の貿易黒字が極端に減少してしまった今、一時的に円高が進んだときに慌てて円を買う動きより、それを好機と捉え円を売る動きのほうが圧倒的に大きくなっている」(引用)
という点である。
日銀の円安誘導により日本の輸出産業の株かは跳ね上がった。円安が進めば輸出に有利ですから株価は上がるでしょう。しかし現実は貿易黒字が極端に減少している。貿易黒字が減少するには、輸出が減っているという面と、輸入が極端に増加をしているかでしょう。輸入量の増加は経済にとってはよい面にも現れる。輸入した原材料などを次から次へと商品化して輸出するとすれば経済が好転している証明ともなる。しかし個人消費も設備投資も大きな変化がない。輸入量が増加をしたというよりも輸入額だけが増加したのではないか?円安誘導による副作用として輸入品目が値上がりしてる中での悪性の輸入の増加ということになる。
この中で、いまだに日銀は金融緩和を捨てていないし、それが急激な円高にはならないという安心感を産む。安心感というよりも日銀は限界に近付いているとしても金融緩和しかカードを持っていないということである。
すると多少の円高は気にしなくなるでしょう。諸外国にとっては円を売ってさらに円安傾向を強めれば輸入に依拠するしかない日本の円は競争力からしても安い方がよい。
円が弱くなっているということは国力が弱くなっているということです。
円安傾向が定着するということは、日銀の金融緩和の当然の帰結です。円は避難通貨とされてきましたが、それも怪しくなっていくでしょう。円の力が弱くなるのですから。
日本買いという言葉をよく聞きますが、日本を買うにはよい条件です。
「イールドカーブがスティープ化」しかし将来的な金利の先高観も見えない。
風邪もだいぶ良くなったので近くのスーパーまで行ってきました。
何かさっぱりして精の付くものがいいなぁ。。。。
と、思いながら野菜売り場を歩いていたら、小芋がありました。
サトイモの小芋って秋ではないかな?と思いながらも買ってきました。
よく洗ってから塩茹でにしました。
ゆでたてを熱いうちにペロンと皮を剥いて塩をかけて食べましたがうまいですなぁ。
たくさん入っていたので半分は素麺汁をかけて冷蔵庫へ。
いい具合に味が染みて冷たいのであっさりしていました。
そういえばムカゴは秋でしたっけ?好物です。
【2020年】ツイッターつぶやき
ツイッターでも「#検察庁法改正案に抗議します」と広がりが出ています。
その中での特徴の一つが芸能人による発言です。
芸能人の発言へ多くの批判があるようですが、芸能人の発言に対する反論というものはもちろんあってよいでしょう。しかし芸能人が政治的発言するのはおかしいといった批判は絶対行ってはいけない。反民主主義、反言論の自由となります。
むしろ日本の芸能人は政治的発言をずっと抑えてきたのだと思います。
芸能人は人気商売ですし、テレビなどによって収入を得ていますからそれがある意味足かせになったり自己規制してしまう原因にもなっていると思います。これは何も芸能人だけではなくて、サラリーマンも会社つながりの人間関係において政治的は発言というものを自己規制していると思います。昔から「あいつはアカだ」というレッテル張りがありましたからね。いまでは「反日」でしょうか。逆に「あいつは右翼だ」というレッテル張りも。
日本人は社会の中で自己主張までも下手になっているような気がしますし、多数意見に自分を入れておく「保険」意識もあります。
ひどい場合は政治どころかまじめな話や芸術や文学の話もできなくなっていることがあります。
真面目が異端になる。
こういう社会が芸能人は政治的発言をするなとなるのでしょうし、分からない奴は黙っているとも。
でも政治は国民のものなんです。政治がこの国民を扇動したりしますが、国民はそうは皆バカではない。
【2021年】ツイッターつぶやき
高齢者へのワクチン接種がはじまっています。
しかし、医療従事者の接種は終わっているのでしょうか?
ワクチンをそろえることが難しい現実と速やかに効率的に摂取する大戦が整っていない中バタバタと接種がはじまっているように見えます。
また、ワクチンの安全性についての疑問が出はじめています。
コロナ感染も怖いのはもちろんですが、ワクチンの怖さも見えないところに存在する可能性があります。
この意味では圧倒的にワクチンに対する情報公開が遅れていますね。
遺伝子ワクチンと言われていますがこれまでのワクチンとは質の違うもののようです。
ワクチンに頼るしかない日本の現状ですが、ワクチンよりも検査の充実の方が良いでしょう。
今年に2回接種してコロナが治まらなければ来年も接種。。。。
人間の体の方がおかしくなってしまうでしょう。
【2022年】ツイッターつぶやき
ロイターによると、アメリカヨーロッパ(G7管轄区域)が凍結しているロシアの資産3000億ドルをウクライナに使用させるようです。もちろん3000億ドルすべてではないでしょうが、一部にしてもこれは窃盗だとロシアが主張することは間違いとは言えないでしょう。
ウクライナに使用させるということは、ウクライナは当然G7から武器などを購入するでしょう。盗んだ金を合ばらまいて消費に使わせて自国の企業を潤させる。
ここまでG7の経済は混乱しているのかもしれない。
【2023年】ツイッターつぶやき
川上弘美さんの東京日記が更新されました。
四角錘のピラミッドは4000年以上昔に作られてミイラがいる。
コロナで3年間化粧をしなかったら口紅が劣化して変な味が。
人間は60年もすれば。。。。。。
道交法改正案が参議院を通過したそうです。
今回は自転車に対する罰則が強化されるそうで、反則金は原付バイク並みだそうです。
酒酔い運転やスマホなどのながら運転、軽い罰則では傘をさしての運転など。事細かに罰則が規定されています。
最近ひょっこり自転車運転の人が捕まりましたが、自転車も歩行者と同じように運転をしていますからね。
以前右側運転をしていた自転車が歩行者とぶつかりそうになり倒れていましたが、「信号を守っていたんだから、歩いていたアンタが悪い」と怒りまくっていました。しかし信号機は左側通行のためについている。
歩いていても車に乗っていてもひどい自転車運転が目立ちます。
やはり事故防止のための罰則でしょうか。最近は自転車の賠償保険が火災保険等につくようになりましたが、交通ルール違反となれば、対車との事故も責任割合も違ってきますね。車が悪いでは済まなくなる。下手すれば車への保証も出てきますね。
でも、何でも罰則強化ばかりではだめでしょう。
≪過去の記事≫
【2004年】
やっと風邪も治ってきました。
今日は蒸し暑いです。
道を歩いていたら、自転車を押していたおばあちゃんが座り込んでいました。案外車の通りが多い歩道のない道なので心配をして声を書けたら、いきなりいやな顔をしむくっと立ち上がり歩き始めました。どうも不審な男に見られてしまったらしい・・・とほほ
これを見ていたおばちゃんが僕に、「あんた、余計なおせっかいしちゃったようだねぇ・・・」と。なおさらとほほ・・・・・
でも顔色が真っ青で心配でした。急に蒸し暑くなってしまいましたからね。
風邪も治ってきたので、缶チュウハイを買ってきました。缶ジュース並の値段です?ビールはカロリーが高いと思いチュウハイにしていたのですが、いつも飲んでいるのは甘すぎるのでどうも変だと思うんです。糖分があるんじゃビールと同じですからね。今日は果汁とウォッカだけのものにしました。うまいかなぁ。。。。
そう、そう・・・・
チュウハイといえば焼酎かと思ったらウォッカなのですね?
【2005年】
(記事なし)
【2006年】
(記事なし)
【2007年】
(記事なし)
【2008年】
高野豆腐を中華風に。。。。
味覇(ウェイパァー)のスープにもどした高野豆腐を入れて少し煮込みます。
そこに冷凍の小エビ・イカ・ホタテ(よくスーパーの冷凍品売り場で売っているもの)を入れて火を通します。火が通ったら解き卵を入れ、長ネギのみじん切りと胡麻油を入れてかき回したら出来上がり。
消費期限が一日過ぎてしまった鶏肉。。。。
どうしようかなと思いましたが、よく煮れば大丈夫かぁと思い、味噌味で煮込みました。煮込みですからよく火が通るので大丈夫かと思います。。。ううう
【2009年】
(記事なし)
2010年
昨夜、群馬県の天気を検索したら晴れ。。。。
思い聞いて水上方面に出かけて見ました。目的は晴れた青空の下の残雪残る谷川岳とイタリアンレストラン「ラ・コンシェルジュ」
どちらがメインかといわれれば両方としか答えられない。
ロープウェイを登ると眼下に残雪と雪解け水が流れる細い川が見えました。見上げれば谷川岳。谷をたくさんの雪を残していました。ロープウェイを降りてさらにリフトで登ると谷川岳が真横に見えます。山は春ですから少し霞んでおり、からっとした青空とまではいきませんでしたが絵葉書で見るような谷川岳の姿を見ることができました。谷川だけに続く山々。。。。穂高もきれいでしたよ。天神平のスキー場はシーズンは終わっていましたがまだたくさんの雪がありました。
山の上は寒いかなと思ったのですが、日差しが強くて暑いぐらいでした。リフトに乗っていると腿のあたりがひりひりするぐらいでした。1時間ほどしかいなかったのですが、日焼けしたかなぁ。。。
平日にもかかわらずたくさんの年配者が来ていました。
ある年配の男性とロープウェイで一緒になったのですが、頂上に着いてからも山の名前などいろいろと教えていただきました。こういうふれあいもうれしいですなぁ。
リフトで下るのですが。。。。
ううう・・・・高所恐怖症だったことを忘れていました。
登りは上ばかりをみているので大丈夫なのですが、下りは一気に眼下に広がる世界が見えてしまいますからなぁ。。。。手すりの棒にしがみついてしまいました。手のひらに汗が出て握り棒がすべる。
さて、ラ・コンシェルジュですが、昼飯時に水上方面に行くと立ち寄るレストランです。
うん。。。なんていうのか、もちろん料理はうまいですしボリュームもあります。サラダも量が多いしレタスはシャキシャキ。ドレッシングはレモンであっさりした風味で好きです。横に熱々のパンがあるというのもうれしい。ハッシュドビーフもあっさりした味でうまいし、日替わりのパスタも好きな味です。うまいのですが、どこか味に個性があります。デザートもアイスクリームとイチゴのロールケーキ。お店自体もきれいで雑貨売り場も感じがいいです。大きなガラス越し見える風景は、畑の向こうに谷川岳が。
このようにお店自体も料理も好きにはすきなのですが、居心地がいいということなのかな。。。。ぼうっとコーヒーを飲みながら畑の向こうの谷川岳を眺めていると落ち着きます。お店の方も感じがいいし。。。。はじめて行ったときの年配の女性のお話が素敵でした。。。。今日のお店の女性も感じがよかった。梅雨時の雨の風景の中、ぼうっとするのも楽しいかな。
この居心地がいいというのが気に入っている一番の理由なのかな。
そういえば、いつも行く喫茶店も居心地がいい。
本も読んでいて居心地がいい作品や作家が好きになります。
あっさり系の居心地のよさ。。。。。。そういえばお店のホームページに年配の男性ファンも多いと。。。。わかる気がするなぁ。。。
また行きたいなぁ。。。。
2011年ツイッターつぶやき
海外旅行などに行ったときに不安になるのが言語ですしもちろんコミュニケーションの大きな壁が言語です。以前テレビで見たのですが、今はすごい翻訳機が出ているそうでコンピューターの速度も高まり瞬時に翻訳をしてくれる。
我が家は先日パソコンを買い替えたのですが、そこで一番に気づいたのが速さと翻訳機能が手軽にできること。「こんなこと今更・・・・」などといわないでください。パソコンやネットというものを使ってはいるが疎い者にとっては驚きだったのですから(笑)
文章を反転させて右クリックをするとそこに「翻訳する」と。それをまたクリックすると翻訳ページが出てきて先ほどの文章をコピーして貼り付けると世界の言語を日本語に翻訳してくれます。驚きました。。。
ネットは世界につながっています。
コミュニケーションというものが(情報も含め)一番のネットの素晴らしいところですから、世界につながっているあらゆる言語の文章が翻訳できるということは必須なものです。それが瞬時にできるということは真に言語の壁をなくしたネットというものが生きてくるということですね。ブログもツイッターなどもまさにその意味で世界をつなげるものとなったということです。
僕は漱石ファンで全集を読みましたが、その中で唯一断念したのが英文の文章でした。英文学の学者でもある漱石ですからなぁ。。。。本をパソコンに取り込んで翻訳すれば読めますね。こういう面でも使い道が出てきました。
しかしそこに「待てよ?」というものが頭によぎります。
さてどこまで正しく翻訳されるのか?誤字はともかくとして僕のようなものが書いた文法などに不安がある文章が翻訳可能なのか?ということです。
そこでこれから実験です(笑)
昨日書いた僕の文章はなんだか回りくどい文章でしたがこのような文章がどのくらい(というのかどのように)翻訳をされるのかを試してみます。まずは僕の文章を英訳する。そしてその英訳をまた和訳すると、その和訳と僕のもとの文章とどのように違うものになるか?ただ元に戻るというように機能が鳴っているのかな?
原発事故は人災で以前から心配されていたのですから全くの偶然ではないのですが、やはり地震や津波という偶然に事故という必然が具現化されて偶然となる
↓ (英訳)
In man-made accident that concerns from the previous is sheer coincidence but is not still earthquake and tsunami said, been embodied in that accident prevention is inevitable by chance and coincidence
↓ (和訳)
前からの懸念は全くの偶然では地震と津波ではないが人工の事故で、事故防止が必然的にはチャンスと偶然の一致で体現して
やはり文章が正しい日本語でなければだめですなぁ。。。。
原子力発電事故は人災ですが、その意味では以前から事故が起きることは心配されていたわけです。ですから原子力発電事故はまったくの偶然ではないということになります。しかしこの原子力発電事故は必然だったとしてもこの必然はやはりその時に地震や津波が偶然に起きたから必然となったのであり、必然は偶然を通して現れる
と、書き換えると。。。。
↓(英訳)
Man-made disaster is a nuclear power plant accident, in that sense before accidents occur is that concerns. So if a nuclear power plant accident at all of it is not by chance that it becomes. But from this nuclear power plant accident was inevitable and even this inevitable still during the earthquake and tsunami accidentally happened was inevitable, and inevitably emerges through a coincidence.
↓(和訳)
人災、原発事故は、事故が発生する前にその意味で懸念。だから、原子力発電所事故場合は、すべてのそれはそれになる偶然ではないです。この原子力発電所事故必然だったし、もこの避けられないは、地震と津波が誤って起こった必然的、偶然を必然的に現れます。
うん。。。。やはり翻訳に耐え得る文章とは正しい日本語からですなぁ。。。。。
外国の方も正しい文保で書かれているかどうかはわからないわけですから、翻訳とはある程度「こういうことを言っているのかな?」程度の一般人同士の片言のコミュニケーションが可能ということではないでしょうか?
でも、片言でもわかれば互いに笑いあえますね。
2012年ツイッターつぶやき
(記事なし)
2013年ツイッターつぶやき
(記事なし)
(追記)なぜか旧ブログをまとめたときに5月17日が二つになっていました。どちらかが日付などの間違いかと思うのですが。。。。
一応昨日の分と両方残しておきます。
【2014年】ツイッターつぶやき
すみませんツイッターのツイートのまとめですからまとまりがありませんが、僕は日本人は自ら考えて社会を発展させてきた歴史に依拠をしたいのです。それは自由・民主主義そして平和主義です。もちろん足りないものはたくさんありますが発展性を持った中に克服できるものだと思います。
集団的自衛権のような防衛の話になると、敵が攻めて来たらという仮想の想定が先立つ。そこには仮想敵国が必ず想定され、防衛についても極端な想定では先制攻撃(たとえば核攻撃をされる前にその核装備を攻撃するなど)も仮定される。これが積極的平和主義です。ここには必ず戦争への道が開かれている。
これに対する従来の平和主義は、敵が攻めてきたときと想定するのではなくて攻めてこない国際関係を築くことを作り上げていくことです。常に平和的解決の道を自ら捨てないということです。安倍政権は対中国とのこのような従来の平和主義を追求しているかといえば残念ながら仮想敵国に。
安倍総理も中国に対して(韓国に対してもでしょう)いつでも対話の扉を開いているといっていますが、その扉には靖国の鳥居があったり領土問題での全面的譲歩がある。
この中での積極的平和主義での集団的自衛権ですから、アメリカそしてアメリカを通じた韓国との同盟関係もアメリカ・韓国に対しても先ほどのツイートに書いた「扉」の中身の承認を求めるということです。もちろん世界に対しても。集団的自衛権は普通の関係だといわれますが扉の中身です
仮想の想定で集団的自衛権などを言いつつ平和主義が現実的でないといった論理はどこか変でしょう。平和主義は戦後日本を戦争をしない国として維持してきた事実がある。この中で集団的自衛権がどうしても必要であって不都合が生じたという事実は?今後起こる事態というのは平和的解決も考えられること。
原爆による長崎の水源地のプルトニウム汚染が続いているという事実をはじめて知りました。他の方はどうでしょう?この「事実を知る(伝える)」ことを否定してはならない。
事実を知らせることによる国民一人ひとりの判断の結果は風評被害とはいえない。逆に事実を知らせないことにより国民が判断できない中での行動自体が風評被害によるものとなることがありえる。
戦後の日本はアメリカの押し付けの中で変わったのだろうか?それは間違いで、幕末のころにはすでに新しい思想も入ってきたし、明治はさまざまな新しい文化を開花させた。大正デモクラシーはひとつの日本の方向性だった。戦後はこれらの日本人が持つ先進性を再度開花させたのです。だから発展は早かった
震災の復興や原発事故の終結にはこの日本人の先進性において解決されるでしょう。それは国民自身の自主性の開花です。見つめねばならないものは見つめてそこからどうするかを考える力を日本人は持っています。幕末から明治、デモクラシーそして戦後に血肉とした自由と民主主義の発展に
政治はここに依拠をしていかねばならないのです。
【2015年】ツイッターつぶやき
(記事なし)
【2016年】ツイッターつぶやき
(記事なし)
【2017年】ツイッターつぶやき
国会内の政党の勢力は選挙によって決まる。
この意味において圧倒的多数勢力は民主主義にによる。ただしこれはポピュリズム的な国民の誘導によって行われる選挙ならば民主主義からの逸脱となるでしょう。現在北朝鮮の危機が言われる。しかしこの危機だけを国民に煽るだけならば一種のポピュリズムである。ここから軍事優先の国家が正当化されない。
国会運営とその討議が国民が納得する内容において決定をされない多数決はやはり民主主義ではない。多数決を機械的な理解において民主主義として強行採決を行うならば、これは独裁となる。これが政治の腐敗に結びつきそしてその解決がないがしろになり自浄能力がなくなれば独裁は完成する。
国家は中央集権制である。
しかしその中央集権制は国民の議論の集約において統一されたものである。中央集権と独裁はいつもイコールではない。数の力による独裁は中央集権制ではない。
地方への権力の分散化は、国民の総意を作り出す一つの民主主義の形である。しかしこれは中央に集約されねばならない。
常に多数が正しいとは限らない。ならば数の力による多数決は社会を悪い方向に導くでしょう。常に少数に正しさがある可能性があることを忘れてはならない。多数の意見による政策の誤りがはっきりした場合又は矛盾を見た場合は、多数者は少数に従うことが民主主義である。何も解散総選挙で民意を問うなどというものは形骸化した民主主義である。ずっと道半ばでごまかすことはできないはずです。
以上書いたことは、なにも政治の世界に限ったことではなくて、社会の中にあるあらゆる組織にも当てはまるものである。特に巨大企業が同じ過ちを犯すならば政治矛盾の深まりが経済矛盾に深化していくでしょう。こうなると社会の立て直しは相当厳しくなります。
【2018年】ツイッターつぶやき
gooお題「忘れられない旅の思い出は?」
旅の思い出。。。。。
あの旅は良かったというものがないのです。
旅の途中の瞬間の思い出が時間の流れを越えてよみがえってくる。
これが忘れられない旅の思い出ですね。
二十歳前後から結婚するまで青春の思い出は本と喫茶店と旅です。。。。。。
幸いに休暇は消化できるほどに取得できましたので旅と言えば1週間ほど行っていました。長いときは半月とか。。。。。。逆に休暇がなくなり、どうしても旅心が抑えられない時は京都や奈良を日帰りで。。。。。。
旅の途中の瞬間の思い出、これは宝ですね。心の。
観光地などの風景というよりも、偶然見つけた小さなお寺や歩いていたら民家でマキで夕餉の支度をしている香りとか、パン屋のおばあちゃんとか、早朝の神社で出会った狐とか、メスを廻りに従えた発情期の牡鹿に追いかけられた事やら。。。。。いろいろなことが頭の中をよぎっていきます。中でもお寺の住職さんにインスタントラーメンをお御馳走になったり、数時間もいろいろなお話をしていただいたことやら。。。。
心の中が淋しくなった時にふと浮かんでくる旅の途中の瞬間の思い出。。。。。
旅というのは日常なのかもしれません。
ならばこうして毎日平凡に生活する日常もまた旅かもしれません。
20代の頃からこう考えて生きてきました。すると案外気楽なものです。一人旅が好きでしたから、こうした毎日の日常の中もよく見れば一人で旅をしているようなものです。その中で旅の途中の瞬間があるわけです。
【2019年】ツイッターつぶやき
ロイターに「制度疲労の日銀緩和、求められる令和の政策大転換」という記事があった。
平成時代の日本特に安倍政権の金融緩和を振り返りながら日銀の制度疲労をまとめている。
その中で注目されるのは、
「日本の貿易黒字が極端に減少してしまった今、一時的に円高が進んだときに慌てて円を買う動きより、それを好機と捉え円を売る動きのほうが圧倒的に大きくなっている」(引用)
という点である。
日銀の円安誘導により日本の輸出産業の株かは跳ね上がった。円安が進めば輸出に有利ですから株価は上がるでしょう。しかし現実は貿易黒字が極端に減少している。貿易黒字が減少するには、輸出が減っているという面と、輸入が極端に増加をしているかでしょう。輸入量の増加は経済にとってはよい面にも現れる。輸入した原材料などを次から次へと商品化して輸出するとすれば経済が好転している証明ともなる。しかし個人消費も設備投資も大きな変化がない。輸入量が増加をしたというよりも輸入額だけが増加したのではないか?円安誘導による副作用として輸入品目が値上がりしてる中での悪性の輸入の増加ということになる。
この中で、いまだに日銀は金融緩和を捨てていないし、それが急激な円高にはならないという安心感を産む。安心感というよりも日銀は限界に近付いているとしても金融緩和しかカードを持っていないということである。
すると多少の円高は気にしなくなるでしょう。諸外国にとっては円を売ってさらに円安傾向を強めれば輸入に依拠するしかない日本の円は競争力からしても安い方がよい。
円が弱くなっているということは国力が弱くなっているということです。
円安傾向が定着するということは、日銀の金融緩和の当然の帰結です。円は避難通貨とされてきましたが、それも怪しくなっていくでしょう。円の力が弱くなるのですから。
日本買いという言葉をよく聞きますが、日本を買うにはよい条件です。
「イールドカーブがスティープ化」しかし将来的な金利の先高観も見えない。
風邪もだいぶ良くなったので近くのスーパーまで行ってきました。
何かさっぱりして精の付くものがいいなぁ。。。。
と、思いながら野菜売り場を歩いていたら、小芋がありました。
サトイモの小芋って秋ではないかな?と思いながらも買ってきました。
よく洗ってから塩茹でにしました。
ゆでたてを熱いうちにペロンと皮を剥いて塩をかけて食べましたがうまいですなぁ。
たくさん入っていたので半分は素麺汁をかけて冷蔵庫へ。
いい具合に味が染みて冷たいのであっさりしていました。
そういえばムカゴは秋でしたっけ?好物です。
【2020年】ツイッターつぶやき
ツイッターでも「#検察庁法改正案に抗議します」と広がりが出ています。
その中での特徴の一つが芸能人による発言です。
芸能人の発言へ多くの批判があるようですが、芸能人の発言に対する反論というものはもちろんあってよいでしょう。しかし芸能人が政治的発言するのはおかしいといった批判は絶対行ってはいけない。反民主主義、反言論の自由となります。
むしろ日本の芸能人は政治的発言をずっと抑えてきたのだと思います。
芸能人は人気商売ですし、テレビなどによって収入を得ていますからそれがある意味足かせになったり自己規制してしまう原因にもなっていると思います。これは何も芸能人だけではなくて、サラリーマンも会社つながりの人間関係において政治的は発言というものを自己規制していると思います。昔から「あいつはアカだ」というレッテル張りがありましたからね。いまでは「反日」でしょうか。逆に「あいつは右翼だ」というレッテル張りも。
日本人は社会の中で自己主張までも下手になっているような気がしますし、多数意見に自分を入れておく「保険」意識もあります。
ひどい場合は政治どころかまじめな話や芸術や文学の話もできなくなっていることがあります。
真面目が異端になる。
こういう社会が芸能人は政治的発言をするなとなるのでしょうし、分からない奴は黙っているとも。
でも政治は国民のものなんです。政治がこの国民を扇動したりしますが、国民はそうは皆バカではない。
【2021年】ツイッターつぶやき
高齢者へのワクチン接種がはじまっています。
しかし、医療従事者の接種は終わっているのでしょうか?
ワクチンをそろえることが難しい現実と速やかに効率的に摂取する大戦が整っていない中バタバタと接種がはじまっているように見えます。
また、ワクチンの安全性についての疑問が出はじめています。
コロナ感染も怖いのはもちろんですが、ワクチンの怖さも見えないところに存在する可能性があります。
この意味では圧倒的にワクチンに対する情報公開が遅れていますね。
遺伝子ワクチンと言われていますがこれまでのワクチンとは質の違うもののようです。
ワクチンに頼るしかない日本の現状ですが、ワクチンよりも検査の充実の方が良いでしょう。
今年に2回接種してコロナが治まらなければ来年も接種。。。。
人間の体の方がおかしくなってしまうでしょう。
【2022年】ツイッターつぶやき
ロイターによると、アメリカヨーロッパ(G7管轄区域)が凍結しているロシアの資産3000億ドルをウクライナに使用させるようです。もちろん3000億ドルすべてではないでしょうが、一部にしてもこれは窃盗だとロシアが主張することは間違いとは言えないでしょう。
ウクライナに使用させるということは、ウクライナは当然G7から武器などを購入するでしょう。盗んだ金を合ばらまいて消費に使わせて自国の企業を潤させる。
ここまでG7の経済は混乱しているのかもしれない。
【2023年】ツイッターつぶやき
川上弘美さんの東京日記が更新されました。
四角錘のピラミッドは4000年以上昔に作られてミイラがいる。
コロナで3年間化粧をしなかったら口紅が劣化して変な味が。
人間は60年もすれば。。。。。。
一応両方残しておきます。